部長、役員経験者が明かす!メガバンクの壮絶すぎる「出世競争」

これぞ究極のサラリーマン社会
週刊現代 プロフィール

どんなに一生懸命働いても、それまでの銀行員生活を台無しにしてしまう「落とし穴」。いくら注意を払っても、それはある日突然ポッカリと口を開け、バンカーたちを地獄の底へ突き落とす。

「うちの支店長は東大卒のバリバリのエリートで、40代半ばで都内の有力支店の支店長に抜擢されましたが、そこに配属されてきた新人のせいで人生を棒に振りました。その新人は、取引先の大手企業の有力役員のドラ息子。仕事もまともにせず、女子行員にちょっかいを出してばかりいた。

見かねた支店長が、『仕事もしないのなら、警備室にでもこもっていろ!』と怒ったら、あろうことかこの新人は本部にパワハラだと訴えたんです。

本部は支店長を厳重注意処分にして、まもなく関連会社に飛ばした。副支店長らも支店長が正しいことをしたとわかっていますが、火の粉が飛んでくるのが怖くてみんな見て見ぬフリをするしかなかった」(メガバンクの都内支店行員)

 

いきなり「半分」が脱落する

決して表からはうかがえないバンカーたちの出世と人生―その生々しい実態を図式化したのが、下の図である。

これは、同期入社したバンカーたちが、どれくらいの年次でどれほどふるいにかけられていくかという「出世ピラミッド」を示したものである。

銀行では出世レースを同期トップで走り抜ける軍団を「第一選抜」と呼び、出世レースで勝つことは、この第一選抜に残り続けるのと同義。一度でも第一選抜から脱落したら最後、そこで出世は止まってしまう。

そんな残酷な選別が最初に行われるのは、入行7年~10年目の30歳前後。ここで「ヒラ」から「調査役、代理」といった役職に昇格できた者だけが第一選抜に残れるが、なんと「半分」は脱落してしまう。そんな7年目の選抜で昇格を逃した、東海銀行出身の関西弁バンカーが実体験を語る。

「最初の支店には私と同期が二人配属されたんですが、はなから自分でもはっきりわかるほどの完敗やった。同期は国立大卒で英語もペラペラ、そのうえ営業成績も抜群。中堅私大卒で体力だけが自慢の私と比べれば、上司の反応を見ても評価ははっきりしとった。

で、入行7年目、第一選抜に選ばれた同期は役付きになるからハンコが大きくなるのに、自分のハンコは小さいままやった。それを見たとき、『しゃーないな』と思いながらも、ポロっと悔し涙が流れたのを思い出しますわ。

なにせ、第一選抜で漏れた後は、ひたすら年下の後輩たちに追い抜かれて、その後は敗者復活の機会すら与えられない。悪い言い方をすれば、はじめの選抜で落ちたら最後、残りの20年以上は『敗戦処理』を強いられるわけやからね。しかも、家族がいるから会社は辞められない」

30歳にしてすでに、「万年負け組」と、その後も赤じゅうたんを歩ける者が分かれるところに、バンカーたちの出世競争の恐ろしさはある。

当然、年収にも大きな違いが出てくる。図にあるように、役職を一段階上がるごとに年収は200万円以上も跳ね上がり、「役員まで行けば2000万円以上が確定し、常務になれば3000万円以上、さらにトップならば『大台』の1億円を超える」(現役幹部行員)。

一生ヒラと役員になる同期の間では、その「年収格差」は実に4倍以上。早々に第一選抜から脱落した三菱東京UFJ銀行行員は、「年収格差に加えて、『職場格差』もまた身に染みる」と言う。

「出世組がどんどん本部の企画部、人事部、営業部などに登用されていく一方、出世競争で敗れた行員は、同じような行員が集まる地方店などを異動し続けます。私も20代のころは『ああいう先輩のようにはなりたくないな』と同期と言い合っていましたが、自分は3度目の人事異動でそんな負け組支店に異動を命じられて、『俺、終わった』と。

実際、赴任したその支店では、上司たちに居酒屋、スナックと飲みに連れまわされては、彼らの愚痴や出世できない口惜しさを聞かされる地獄の日々です。それに、人事異動のシーズンになると、一人、また一人と先輩たちが、さらにやばいところに左遷させられていくわけですが、そのときの『行事』がまたキツい。

部内で『××君が異動となります』と発表されると、みんなそれが左遷だとわかっているのに、『栄転おめでとうございます!』と拍手喝采するわけです。さらに、『××さんの活躍と健勝を祈願いたしまして!』とエールを切って、『フレー、フレー、××!』と叫んで送り出す。

みんなおかしいと思っているのに、真顔でそれをやる。何人かの先輩をそうやって送り出す中で、いつか自分も同じ立場になると想像したとき、足が震えた」