ヒトが口にするものはぜんぶ毒!? 生体異物から見た生命のふしぎ

ふつうの食べものに含まれる危ない物質
小城 勝相

生命を維持する巧妙なしくみ

ではなぜ、食の安全性を評価するうえで、中毒学が中心的な役割を果たしている事実が、一般に広く知られていないのでしょうか?

一つの理由として、中毒学に関する一般向けの解説書がほとんどないことが挙げられます。一般になじみの薄い分野であることに加えて、非常に本を書きにくい分野だからです。

なぜでしょうか?

 

毒物は、私たちの体が備えている健康維持の機構(しくみ)のどこかに介入することで、その毒性を発揮します。そのメカニズムを理解するためには、毒物である化学物質に関する知識と、健康維持のために生命が備えている機構の、両方の知識が必要です。

それらを理解するためには、第一に化学の知識が必要になりますが、どうしても化学は敬遠されがちです。嫌われ者の〝亀の甲〟に代表される記号を多用することもあって、どことなく近づきにくい空気を漂わせています。最近は、高校で化学を習わなかったという人も増えています。

わからないものに対して過剰な恐怖心が生じるのは当然ですが、自然は想像以上にシンプルな原理で成り立っており、化学反応もまた、きわめて簡単な原理で起こります。ほんの少しの基礎知識を押さえておけば、誰でも簡単に理解できます。

本書はその、化学嫌いを払拭するための、ほんの少しのお手伝いをしたいと思います。そのため、高校化学の知識をもっていない人でも理解できるように書かれています。

さて、もう一方の健康維持の機構についてはどうでしょうか。私たちの体は、巧妙に調節された膨大な数の化学反応の集合体として機能しています。

一例を挙げると、血糖値(血液中のグルコース〈ブドウ糖〉の濃度)は、その増減をつねに注視しているいくつかの細胞から出される数種類のホルモンによって調節されています。たとえば、血糖値が低いときには、膵臓(すいぞう)のα細胞からグルカゴンというホルモンが血中に出されます。

グルカゴンは肝臓に到達し、肝臓の細胞膜にあるグルカゴン受容体というタンパク質に結合します。その結果、受容体の構造が変化して化学反応を起こすことで活性化し、これをきっかけにいくつかの酵素がやはり化学反応によって次々に活性化されたり不活化されたりして、肝臓に蓄えられていたグリコーゲンを分解して血液中に放出します。その結果、血糖値が上がるという巧妙なしくみが秒単位ではたらいて初めて、血糖値を維持することができます。

血糖値を下げる唯一のホルモンであるインスリンも、膵臓のβ細胞で血糖値の増減に対応して合成される化学物質によって、その分泌量が調節されています。このような分子機構を明らかにすることによって、新しい糖尿病の薬も開発されています。糖尿病を患う人も、自身が服用している薬の作用するメカニズムを正しく理解することで、病気と正しく向き合うことができます。

同時に、体内に存在する多数のこのような分子ネットワークについて知ることで、生命を維持する巧妙なしくみに驚かされることでしょう。