糸井重里さんと1年で200日会って飲んで学んだこと

島地勝彦×田中知二【第2回】
島地 勝彦 プロフィール

ヒノ 200回も会ってなにを教えてもらったんですか?

トモジ なにを教えてもらったかというと、相手にしている大衆――雑誌でいえば読者、糸井さんの世界でいえばクライアント、潜在的なお客さんがなにを喜ぶか、というある種の距離感みたいなものを教えてもらいました。

みんなが言いたいんだけど形にならないもの、読者が聞きたいことを言葉にする。そういう思考法を叩き込まれました。これは編集者にとって凄く重要なことだと思います。

ヒノ なるほど。そこがいちばん難しいところですよね。

シマジ おれが27,8歳のころ、週刊プレイボーイのグラビアで「うろつき夜太」という時代小説の連載を柴田錬三郎先生と横尾忠則画伯のコンビでやったことがあるんだが、そのときお二人に高輪プリンスホテルに1年間カンヅメになってもらったんだ。

二人ははじめて会ったんだけど、毎日喫茶店に行って一日中話し合っていた。シバレン先生はしみじみといっていたね。「横尾君とは女房以上にいろんなことを話し合った」って。男同士、凄く影響し合うんだろうね。トモジはその後そういう関係になった人間はほかにいるのか?

トモジ 糸井重里時代が終わりを告げた翌年、今度は古舘伊知郎さんと1年365日のうち80日くらい会いましたね。

シマジ 古舘さんとトモジは何年ちがいなの。

トモジ 古舘さんはおれより1つ上です。糸井さんは10歳ぐらい上じゃないかな。

シマジ 糸井さんはもう70歳ちかいのか。もっとずっと若いと思っていた。

トモジ 古舘さんも「このフレーズはタナカがいったのか、おれが考えたのかわからない。もう一体化しているね」といっていましたね。

たとえば、アンドレ・ザ・ジャイアントの形容詞「人間山脈」は古舘さんが考えたんだけど、「一人民族大移動」は一緒にいろいろな言葉を言い合っているうちに出てきたものなんです。

ただ古舘さんの巧いのは、これは絶対に使うといって「アンドレ・ザ・ジャイアント。まさに一人民族大移動。一人というには大きすぎる。二人というには人口の辻褄が合わない」というオリジナルのフレーズをくっつけたことでしょうね。

シマジ 古舘さんはレトリック名人だね。

トモジ 61歳になって思うことは、おれには、50%の自分があって、あとは糸井重里10%、古舘伊知郎10%、島地勝彦10%、あとは父親と兄が10%ずつ。そういう要素の配分で出来上がっているんじゃないか、と。おれの場合はそんな感じですね。

シマジ それは新しい哲学かもしれないね。

トモジ シマジさんだって自分が50%で、柴田錬三郎先生10%、今東光大僧正10%、開高健10%、立木義浩10%、若菜正(集英社社長&会長)10%で出来ているんですよ。

ヒノ 面白い!乗り移り説ですか。乗り移る人間が大きければ大きいほどいいってことですよね。

シマジ タッチャンはもう帰ってしまったね。返す返しも残念なことをした。

トモジ あと、ワーズワースの詩に「子供は大人の父親なのだから」という一節があるんですね。つまり、中学校時代に校長先生をたらしこんだシマジ少年が、いまのシマジさんの父なんですよ。

ヒノ シマジさんは子供のときから完成された人たらしだったということですね。

シマジ トモジ、いいこというね。そうかもしれない。

トモジ おれがいったんじゃありませんよ。ワーズワースという詩人がいっているんです。

シマジ ガッハッハッハッ。お前はよくものを知っているね。さすが早稲田大学で英文学を学んだだけのことはある。

トモジ いえいえ、バカ田大学ではなく駿台予備校で習ったんです。