最後の「フィクサー」児玉誉士夫とは何者だったのか

誰もが「彼」を恐れていた
週刊現代 プロフィール

佐高 海軍の御用聞きから内閣参与ですから、驚くような出世です。

東久邇宮によれば、中国の海軍などの暴発を抑えるためだったようですが、戦争という圧倒的な「闇」のなかで、実力以上の評価がされ、戦後になだれこんだというのが実態でしょう。その後にも言えますが、児玉は虚像を利用するのがうまい。

小俣 '46年1月には、児玉はA級戦犯容疑者として巣鴨プリズンに収監される。これが大きな転機となります。戦時中は鬼畜米英を叫び、愛国者として生きていたはずが、収監を経て「親米愛国」という生き方を選んだ。岸信介や読売の正力松太郎らと同様、CIAの協力者になり、戦前とは180度変わりました。

佐高 A級戦犯として裁かれることを免れるため、アメリカに身を売ったということでしょう。

アメリカは巣鴨プリズンでの取り調べの中で岸と児玉を押さえ、自分たちの手先として二人を使おうとした。児玉は根っからの仲裁屋で、敵味方どちらにも転ぶ可能性があり、岸も「両岸」と呼ばれるほど思想が変化する。しかも能力もある。思想や主義に殉じるのではなく、機に応じて、実利的に物事を判断する姿が見て取れます。

髙山 児玉の「機を見るに敏」なところは、笹川良一との関係にも表れていると思います。児玉は笹川に大きな恩義を感じており、自著のなかでも、笹川のことだけはずっと「先生」を付けて呼んでいます。

しかし、巣鴨プリズンでの取り調べでは、笹川が陸軍の軍務局からカネをもらっていたことを暴露し、笹川を売っているのです。笹川は断じて受け取っていないと否定しており、こちらのほうが真実のようですが。

岸信介 Photo by gettyimages

力の源泉は「金と暴力」

小俣 髙山さんの『宿命の子』を読むと、笹川自身は、「児玉が俺を刺したということだが、それは違うのではないか」と好意的に捉えていたという話が出てきますね。

髙山 それは「笹川先生は陸軍に自分の作った飛行場を献納した謝礼としてカネをもらったと理解している」と、児玉が言っていたからです。つまり、「ビジネスの報酬だった」として、助け舟を出している。ただ、尋問の中で笹川を売ったことは間違いない。

 

小俣 なるほど。

髙山 しかも、その尋問の後、「まだ話したいことがある」と検察官に話しかけていますが、なんとそこから先のことは記録に残っていないのです。これらを考え合わせると児玉がアメリカに対する情報屋として存在していたと断じざるをえません。

小俣 そしてその後、児玉は政界のフィクサーとしての地位を固めていきます。鳩山一郎が自由党を作ったときも、現在に換算すれば数十億円にもなる結党資金7000万円を提供しています。児玉機関時代に余ったカネだそうで、児玉自身も認めている公知の事実です。

佐高 鳩山は岸と結託していたわけだから、実質的に児玉が近づいていたのは岸で、やはり岸-児玉のラインが強い。

髙山 60年安保の際には、その岸の意向を受けて、安保反対運動を抑えるための「アイク歓迎実行対策委員会」(アイゼンハワー米大統領を安全に迎え入れる)に、稲川会など暴力団を動員していたといわれています。

児玉の力の源泉のひとつは、このような戦中戦後に培った人脈によってつくられた「暴力装置」にありました。一時、日乃丸青年隊、松葉会、住吉一家といった任侠の大同団結構想をもくろんでいたほどですから。