「6匹のオスと交尾をし、それぞれの精液を貯めておく。そして、その中で一番優れたオスの精液で卵を作り、他は捨ててしまう――」男からしたらなんとも恐ろしいトカゲがいるものだ。
そんな摩訶不思議なうんちくを、10万部のベストセラー『最後の秘境 東京藝大』の著者・二宮敦人氏が語る――。
近著『廃校の博物館 Dr.片倉の生物学入門』では「生物学」への入念な取材をもとにミステリーが展開。物語では扱われなかった驚愕のトリビアを特別披露する。
皆さんは、蛇はどこからが尻尾なのかご存じだろうか?
存在そのものが尻尾のような彼らにも、尻尾と胴体の境目があるのである。生物学の世界では、きちんと決まっているのである。
それは肛門。肛門から後ろが尻尾で、その前は胴体ということになっているのだ。
では、ミミズはどこからが尻尾かご存知だろうか。
存在そのものが尻尾のような彼らにも、やはり同じ定義が当てはまる。ミミズの肛門は細長い体の一番後ろにある。ゆえにミミズは全部が胴体で、尻尾がない、ということになる。
うん。そんな知識になんの意味があるのだろう……。
生物学の本を読んでいると、そう首をひねりたくなる瞬間がたくさんある。
尻尾の定義を知っていたって年収が増えるわけでもない。だが、生物の研究者たちは、日夜必死に生き物を調べている。
ある種のバッタはカエルなどの外敵に襲われたとき、気絶したように固まって仮死状態になってしまう。でも、どうしてだろう。
カエルの目の前で硬直してしまったら、食べられるだけだ。仮死状態になっている暇があるなら、少しでも逃げた方が良いんじゃないだろうか。
死んだふりをしたバッタは美味しくなさそうなのでカエルの食欲を削ぐとか、体温を下げることで敵に見つかりにくくしているとか、単にバッタが怯えるあまり気絶してしまっているとか……いくつかの説があったそうだ。そしてある昆虫学者が、この謎に答えを出した。
仮死状態のバッタは、細長い棒状になって固まっている。これが、カエルの口の中でぴったり「つっかえる」そうなのだ。平均的な大きさのバッタ、平均的な口のサイズのカエルだった場合、カエルはバッタを呑み込めず、吐き出すしかなくなってしまう。仮死状態は、完璧な防御として役に立つのである!
……学者は、これをどうやって発見したか。
草原に何日も足を運び、毎日毎日何時間もバッタを観察し、カエルに襲われる様を観察し続けたのである。仮死状態になったバッタのサイズ、襲ったカエルの大きさなどを記録し、何百件ものデータと睨めっこして、カエルがバッタを吐き出してしまう条件を見つけ出したのだ。
孤独で、地道で、先の見えない作業である。これだけの努力をしても、大したお金にはならない。有名人になれるわけでもない。バッタの知識を一つ、最初に発見した人になる。それだけなのである。
それでも情熱が湧いてくるのは、なぜだろう。どうして生物学なんてものがあるのだろう。
人それぞれの理由があるとは思うけれど、僕が思うに、一種のロマンがあるからではないか。生物を学び、調べていると、人間も生物の一種であり、ほかの動物と少しずつ繋がっているという、親近感を感じられる。そして彼らを通じて、改めて自分を含む人類を新鮮な気持ちで見渡せるのだ。