ニッポンの難題「一票の格差」の落とし穴〜是正は本当に必要ですか?

よく聞く論理の「矛盾」とは
山下 祐介 プロフィール

よく聞く論理の大きな矛盾

「一票の格差」をめぐる議論はおよそ次のような論理で構成されている。

国民の一票に地域間で格差が生じている。大都市を抱える地域、とくに首都圏で一票が軽く、人口の少ない地方で一票が重い。こうした格差によって、投票によって民意を反映する権利に不平等が生まれている。この国は選挙を通じて民主主義を踏みにじっているというのである。

こうした、「民主主義」に訴えかける論理は、一般にも広く受け入れられやすいもののようで、こうした議論に対しとくに異論は聞かれない。だがこの論理には非常に大きな矛盾が潜んでいると筆者は見る。

どういうことか。

 

ここで言う「民意」とは、どうも「多数派の声」を指すものであるようだ。一票の格差さえなければ当然現れるべき多数派の声が表に現れず、少数派の意見がまかり通っているというわけである。

それゆえ、ここでの民主主義は、「投票する票がすべて同価値をもつこと」とほぼ同義で考えられており、平等に分配された投票権を国民各自が行使することで、国政に関わる決定に多数派の声が正当に反映される、それが民主主義だと考えているようだ。

だが、多数決が民主主義とイコールだとすれば、間にわざわざ議員などを入れなくても、政府が提案する政策に、国民自身が直接、「賛成」「反対」の票を投じて決定すればよいのである。この考えはまず議会制民主主義という手法と根本のところで相容れない。このことを最初に指摘しておこう。

必要なのは徹底した討議

もちろん、国策を論じる国会議員を選ぶにあたっても民意が反映されるべきだから、その議員を選ぶ選挙で国民の一票に地域間格差があることが我慢ならないというのは感情としてはよく分かる。つまりはこういうことだ。

aさんがA地域で投票する権利を1とすると、その3倍の人口を抱えるB地域でbさんが行う投票には、aさんの3分の1の権利しかない。同じ国民であるaさんとbさんの持つ投票権の配分が異なっており、人によって国会にもちこめる意志が強まったり弱まったりするのはおかしい。この格差は解消されるべきである──こうした主張は一見正しく見える。

だが当然ながら、多数派が全体の決定を支配することが民主主義なのかといえば、そうした考えが正しいわけがない。

例えば1000人の集団で、ある件について論争したとき、意見が501対499で分かれているとする。もしこれで多数決がとられ、501人の意見が優先されて499人の意見を認めないということになれば、この多数決は多くの人の意見を否定するものであり、民主主義とはむしろ対立するものになる。

民意の反映を追求するために必要なことは、多数決による決定ではなく、徹底した討議である。異なる意見をもつ者たちがとことん議論し、その集団に所属するみんなの意見が反映されてみんなが納得できる解が得られること、これが民主主義の目指す目標である。

むろん、多数決と民主主義はつながっている。それはこういうことだ。

たしかに議論をつくすことが理想だが、自由が認められている以上、そこでもなお認めたくないという少数派が出てくることがある。

討議でどうしても意見が分かれ、そして時間的制約からどうしても決定を急がなければならない場合に、多数決という手法が採用される。多数決が民意を反映するというのは、そういう限られた場面で、やむを得ない場合にのみ、行われるものである。

はじめから多数決が正しいなどという運営は、議会という制度そのものの否定につながるものだといわねばならない。

民意とは皆が納得できる解である

ところで、こうした決を取ることが重要なのは、実はもう一つ次の点にもある。

民主制に体制が移行したことにより、国の決定が、王や将軍によるものから、多数の人民に移行した――だからdemocracy(demos [人民] が kratia [権力]をもつこと)なのである。このとき、主権が単数者から複数者に移ったことで、一方で万人の意見が反映されるとともに、他方でどうしてもものごとを決めきれない事態が生じることとなった。

この決定の主体が複数になったことに伴う矛盾を解消するための手段として、多数決が採用されたのである。

とはいえ、ここでも先と同様に、重要なのは、みんなの意見が尊重されることにある。多数決は最後の手段であり、便法である。まして多数の意見に従うことが民主主義だ、などというのは暴論である。

だから、国会による決定も、国民の代表によって国民のみんなが「これでよいですね」と納得できる解を選んでいるかどうかによって、「民意」を反映しているかどうかが判断されるのである。多数の意見が民意なのではないし、まして議員は多数派の意見の代表などではない。

議員の選挙は意見の代表者を選択する手続きではない。少数意見を含め、みんなが納得できる決定を導く者を、人民の代表として討議の場に送り込むの手続きなのである。