「渡り職工」を目指せ

さらに、「パラレルキャリアの構築」について考えていくと、それは副業をすることだけで成しえるものではない。社会人大学院で学ぶこと、趣味を極めていくこと、育児や地域貢献に積極的に関わっていくことなども含まれる。

ウイークデイは都会のビジネスマンとして働き、週末は田舎で農業を楽しむといったような二地域在住もパラレルキャリアと言えるだろう。

職業キャリアはライフキャリアの一部でしかないという考え方でもある。このライフキャリアを充実させるために、複数の肩書をもって人生を有意義にすることがパラレルキャリアの目的と言えるだろう。

この「パラレルキャリア論」については、法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授が詳しい。著書『パラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)は論と事例が分かりやすく示されている。石山氏自身がNECやGEなどで人事のプロとして働き、そのプロセスを通じて醸成された問題意識から執筆しているからであろう。

筆者も本稿を執筆するに当たり、石山氏の論文や著書を参考にし、何回かインタビューもした。そもそもパラレルキャリアとは、米国の経営学者、ピーター・F・ドラッカー氏が紹介した考え方だという。知識労働者は会社の定年後に同時に引退するのではなく、生涯にわたって生き生きとした活動を送ることを望むからだそうだ。

今後、企業の中には副業を解禁するところも増えるだろう。しかし、制度ができても、それを使いこなす社員が意識を変えていかなければ、制度は形骸化してしまう。

単に副業で収入を増やすのではなく、副業を通じて自分を磨くという発想が求められている。当たり前のことだが、組織に残ろうが、転職しようが、独立しようが、自分を磨けない人材はどこでも通用しない。

そのためには、まずは「雇われている」という発想は極力捨てるべきではないか。会社の人事権に左右される生き方ではなく、自分には自分の人生を自助努力で切り拓いていく「キャリア権」があるということを強く意識する時代になっている。

「雇われる」ことで一生安泰のサラリーマン生活が送れる時代が終わったことは多くの読者が感じているはずだ。一人ひとりの意識が変わらなければ世の中は変わらない。

日本の1955年度の就業者に占める「雇われ比率」は約44%だったのが2010年度は約87%にまで上昇した。雇用されることが当たり前の「サラリーマン化」が進んだ。これには、収入が安定するなどの効果はあった反面、自分が属する会社(組織)の価値観しか知らない、あるいは認めない人が増え過ぎたという弊害も起こしたのではないか。

これが均質的な組織風土を生み、外部の知恵を受け入れる「オープンイノベーション」の創発を阻害してきた一因であることは否めない。

戦前の日本は「渡り職工」という言葉があったように、ブルーカラーでも正社員ではなく、自分の能力を高く買ってくれる現場を渡り歩いた。

現在の米国では「インディペンデントコントラクター」という働き方が注目されている。訳せば、自営業者である。米国ではこうした力のある自営の技術者が増えているという。自分の「頭脳」をプロジェクト毎に売り込む「渡り技術者」のような存在だ。

アップルやグーグルではこうした「インディペンデントコントラクター」の技術者を使いこなして「オープンイノベーション」を誘発しているという。日本では年金など社会保障の制度がネックとなって、現状ではまだ普及しないだろうが、その発想は学ぶ必要があるのではないか。