流行語大賞に何が選ばれようと、今年の世相を表す言葉は断固コレだ!

ヒント:価値が大暴落したもの
森田 浩之 プロフィール

真実が死んだ?

ただし、残念ながら日本語ではなく、英語である。

世界最大の英語辞典であるオックスフォード英語辞典は毎年、「Word of the Year(WOTY、今年の単語)」を選んでいる。2016年のWOTYは「post-truth」。今年の世界を絶妙なかたちで象徴する形容詞だ。

同辞典を発行するオックスフォード大学出版局によれば、「post-truth」とは「世論の形成において客観的事実が、感情や個人的な信念への訴えかけより影響力に欠けている状況」を指す。

真実は死んだ。事実なんて時代遅れ。重要なのは個々の感情であり、自分が世の中をどう思うかだ……そんなニュアンスの言葉だろう。メディアなどで使われた回数は、昨年の20倍に達したという。

この単語にある「post」とは、「ポストモダン」のように「○○の後」「脱○○」という意味だ。「post-industrial society」という言葉が、すでに工業化を達成し、次の段階に進んだ「脱工業化社会」という意味であるのと同じ。つまり「post-truth」は、事実がもはや重要ではなく、「どうでもよくなった」状況を意味している。

オックスフォード大学出版局によれば、「post-truth」が頻繁に使われるようになった大きなきっかけは2つある。

1つは6月にイギリスでEU離脱の是非をめぐって行われた国民投票だ。

〔PHOTO〕gettyimages

事前の世論調査ではEU残留派が優勢だったが、ふたを開けてみれば離脱派が僅差で勝利した。しかし結果が判明したあとに、離脱派の中心人物たちが公約の前提に誤りがあったことを認めたり、他の公約を「下方修正」したりしたことから、再投票を求める請願に400万人以上が署名する騒ぎになった。

もう1つは7月に、ドナルド・トランプが米共和党の大統領候補に指名されたことだ。

 

トランプは暴言・放言の限りを尽くしてきた。テロ組織IS(イスラム国)は、現大統領のバラク・オバマが設立した。地球温暖化は中国のでっちあげだ。ビル・クリントン元大統領の側近で、自殺したとされるビンセント・フォスターは、クリントン家が殺した疑いがある……など、なんの根拠もない発言を繰り返した。そして、それに喝采を叫ぶ人たちがたくさんいた。

トランプと民主党候補のヒラリー・クリントンが戦った選挙戦は、中傷合戦に終始し、まともな政策論争は影を潜めた。こうなると、さまざまな「真実」が独り歩きする。候補者の発言の真偽を精査する「ファクトチェック」メディアがこれまで以上に注目されたのも、今回の大統領選での新しいトレンドだった。

しかしトランプが暴言を繰り返したにもかかわらず、投票日直前の世論調査では、どちらの候補がより正直かという問いでトランプがクリントンを8ポイントも上回っていた。クリントンの私用メール問題についてFBIが再捜査を開始したタイミングだったとはいえ、今回の大統領選がいかに「post-truth」だったかを示すエピソードの1つだ。

もちろん「post-truth」の世界を体現しているのは、イギリス国民投票とアメリカ大統領選だけではない。

ポーランド政府の関係者は、飛行機事故で死去した元大統領はロシアに暗殺されたと主張している。トルコの政治家は、今年7月に起きたクーデター未遂の首謀者たちが米CIAの指令で動いていたと言い立てている。

日本にも「post-truth」的状況は訪れている。

憲法改正でも天皇の生前退位でも、豊洲市場や2020年東京五輪をめぐる問題でも、それぞれの意見にどういう意味があるのか、多くの人がわからなくなっているようだ。いや、わからなくなったというより、「どうでもよくなった」のかもしれない。

政府が年金を削減する法案をゴリ押ししても、トランプの当選で発効の見通しがほぼなくなったTPP(環太平洋経済連携協定)の関連法案を強行採決しても、安倍内閣の支持率はアップして、共同通信社の世論調査では60%を超えている。