男はなぜ愛する女性のポルノ画像をバラまき、刺殺したのか?

ルポ・三鷹ストーカー殺人【中編】
石井 光太 プロフィール

被害女性と出会い意識変性状態に

では、このゆがんだ人格と殺人はどう結びついているのか。西澤教授は語る。

「被告は被害者と会うまでは、鬱のようにいつ死んでもいいという考えにとらわれていました。小学5年生の頃からずっと希死念慮、つまり漠然とした死への憧れが生じていました。これはDVやネグレクトを受けた子供によく見られることです。ですが、被害者と出会ったことで、それがなくなって躁状態になり、英語、スペイン語、スポーツなどをどんどんするようになった。これは意識変性状態だと言えます」

「意識変性状態」とは、通常の意識状態とは異なる一種の興奮状態のことだ。初めて自分を理解してくれる女性を見つけたことで、池永は躁状態になっていた。だが、その彼女から別れを切り出されたことで、地獄に叩き落された気持ちになる。

「こういう状態だったので、別れた時の精神的なダメージは非常に大きいものがありました。自分が消えていく。消滅していくと思っていたはずです。これが過剰な怒りを生み出して、被害者を脅してでも関係継続を求めるということになったのです」

信頼していたからこそ、切り捨てられたという被害妄想を膨らませた。それが、池永の「殺害しなければ」という気持ちを生み出したというのだ。

他方、リベンジ・ポルノという行為は、いかにして説明されるのか。教授によれば、これも虐待の影響がたぶんにあるという。

「被告は自己観のなさが顕著です。自分で自分のことがわかっていないので、人の目に映る自分に固執する。被告は『自分が被告と交際していたという過去を記録として半永久的に残しておきたかった』と説明しています。社会に2人の関係を認めてもらえなければ、自分で自信を持って確信、肯定できない。自分がないから人に認めてもらうことで自分を確立しようとしたのです」

池永は物心つく前から親や男に自己を否定されつづけたことで、自分という存在に自信を持てなくなった。ゆえに、人に認めてもらうことでしか、自分の存在証明ができない。ポルノ画像を流出させたのは、2人の関係の存在証明だったというのだ。

にわかには同意しがたいことだが、くしくも法廷で池永はポルノ画像を流出させた理由について、西澤教授の見解を裏付ける証言を述べている。

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「普通の写真では、それだけでは交際した事実はないと反論される、反駁されると思い、それでは親密な関係であるという証拠の裸の写真であればその余地を消すことができる。そのような気持ちでございました」

この事件は「リベンジ・ポルノ」という言葉を広めた。だが、2人の主張を信じれば、池永の行為は「リベンジ」ではない。自己のアイデンティティを確立するためにした「社会に認めてもらう行為」ということになる。

このような池永の異常な心理を分析したところで、遺族が納得するわけもない。遺族は池永の行為は情状に値せず、極刑を下すべきだと主張している。裁判官や裁判員も教授の主張に静かに耳を傾けはしたが、「同じ境遇の人が同じ犯罪をするとは思わない」という意見を述べている。

たしかに、虐待を受けた子供がみな池永のような人格になるわけではない。人には生まれつきの特性があり、それが様々な環境に影響されて形を変えていく。背の高い遺伝子を持ってやせ形の子供は、栄養を取って運動をすればスレンダーな長身になるが、背の低い遺伝子を持って太りやすい子であれば、栄養は脂肪となって身長も伸びない。それと同じように、子供が虐待によって被る影響にも人によって違いがあるのだ。

これまでの一審と差し戻し審では、池永の幼少期の体験はほとんど考慮されず、懲役22年という判決が下された。これが重いか軽いかは、人それぞれ受け取り方はちがうだろう。ただし、遺族からすれば、大切な1人娘を殺害された挙句に、冒頭のような理解不能な発言を聞かされれば、許せないという感情を抱くのは当然のことだ。それが池永の虐待体験のせいだとしてもである。

この事件によって何が残されたのか。遺族の怒りと、「リベンジ・ポルノ」という実態とは異なった言葉だけのような気がする。

(後編はこちら

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