# アメリカ # 世界秩序

トランプ以後の世界を生きる「羅針盤」となる本

ビジネスパーソン必読!
池田 純一 プロフィール

ラストベルトは19世紀後半から20世紀中盤までアメリカの経済的繁栄を支えた機械産業、とりわけ自動車産業の中核であった。ラストベルトの諸州が、工業州(Industrial States)と呼ばれるのもそのためだ。

しかし、20世紀の終盤、西海岸でシリコンバレーが興隆する中、ラストベルトの産業的地位は徐々に低下し――それゆえ「鉄さび帯」とよばれることになった――、2008年のリーマンショックではGMを始めとする自動車ビッグ3は、破綻を免れるために連邦政府の支援を求めるしかなかった。

だが、それでも2013年にデトロイト(ミシガン州)を襲った財政破綻を止めることはできなかった。企業は救えても街は救えなかったのである。そしてその結果、民主党にとって盤石であったはずのミシガンの離反を招いてしまった。

このような背景からトランプ旋風がアメリカの中高年白人の間で吹き荒れることになったのだが、彼らの怒りや焦燥の出処を理解したいと思う人たちには、ジョージ・パッカーの『綻びゆくアメリカ』を紹介しておく。

この本は、トランプ当選直後に、ヒラリー支持を公式に表明していたニューヨーク・タイムズのBOOK欄で薦められた「トランプ勝利を理解するための6冊(“6 Books to Help Understand Trump’s Win”)」の筆頭に挙げられていた本だ。

パッカーは普段は文芸誌ニューヨーカーを中心に活躍しているノンフィクション作家だ。『綻びゆくアメリカ』の中では、民主党支持の高いシリコンバレーで共和党支持、それもトランプ支持を当初から表明していたピーター・ティールにも触れている。ティールは、7月の共和党全国大会でトランプ支持のスピーチまで行っていた。

それからもう一冊、これはヒラリーの敗退がラストベルトの離反によることが明らかになったところで急遽見直されてきたのだが、リチャード・ローティの『アメリカ 未完のプロジェクト』だ。

ローティは、アメリカオリジナルの思想であるプラグマティズムを20世紀後半に再興させた哲学者として知られるが、政治的には「社会民主主義者(social democrat)」を自称していた。言葉だけならヒラリー・クリントンと民主党予備選を争ったバーニー・サンダースと同じ立場だ。

ローティは、原著出版の1998年の時点で、マイノリティの権利拡大に注力するアイデンティ・ポリティクスに民主党が傾倒しすぎると、経済的困窮からの(救済策ではなく)脱出手段をどうにかしてほしいと考える、独立独歩の気概のある白人層からの支持を失いかねないと指摘していた(独立独歩の気概がなければさすがに政治運動にはならない)。

ローティは、19世紀末に中西部、特にウィスコンシン州(!)を中心に生じたポピュリズム運動やプログレッシブ(革新主義)運動を引き合いにしながら、現代のアメリカ社会に向けて警鐘を鳴らしていた。まさに彼が憂慮したとおりのことが今年起こったわけだ。

 

“America first”の真意

トランプのいう“America first”という言葉も、こうした歴史的/文化的背景を背負って生まれた言葉である(実際、この言葉は過去にも何度も使われたもので、トランプ発案のものというわけでもない)。

トランプは状況に応じてリップサービス的発言を返すことが多いため、選挙期間中の彼の言葉をすべて律儀に受け止めるのはあまり賢明なことではないように思えるのだが、しかしおそらくは“America first”だけは別格である。これだけは公約として、トランプ政権は頑なに守ろうとしてくるのではないか。

少なくとも、諸外国との経済交渉における初発の姿勢は、アメリカは自由世界の推進役=リーダーではなく、一人のプレイヤーとして振る舞うというものになるのだろう。そして、そのような、まずは駆け引きから始める姿こそが、政治家の経験は一切ないが、ディールメーカーとしての経験値の高いトランプを人びとが選んだ理由の一つのように思える。

トランプが言う、従来はアメリカを中心に構想され実践されてきた自由貿易体制の見直し、ならびに、それに伴う安全保障体制の再編については、ひとたび実際にそのような方針がとられてしまった場合、国際的余波の大きさは計り知れないことだろう。その影響は、そうした体制の上で日常生活を享受してきた先進国の人びとにこそ大きな衝撃となりうる。

実際、11月21日にYouTubeにアップされた、就任後100日の間の政策方針(“A Message from President-Elect Donald J. Trump”)では、包括的貿易協定であるTPPからは離脱し、貿易の条件は二国間協議の上で個別に決めていきたいと語っている。

今まで諸外国がアメリカの対外的な動向に対して、肯定的な態度を取るのであれ、否定的な態度を取るのであれ、その背後には一つ、暗黙の了解が存在した。それは、冷戦時代から続く「アメリカは自由世界のリーダーである」という理解だ。

ソ連への対抗から数十年かけて練り上げられてきた、この「自由世界(Free World)のリーダー」という役割を、アメリカは冷戦後の時代にも継続して掲げてきた。

アメリカに限らず英米圏での「自由」とは、経済活動や貿易活動の自由のことを強く意味しているため、具体的にはその延長線上で、自由な経済活動が実践されてきた。インターネットの普及が、しばしばグローバル化の進展とセットで語られるのも、そのためだ。

しかし、その「自由世界のリーダー」という(主)役からまずは一旦降りよう、というのが“America First”という言葉で、トランプが彼の支持者の中核であるワーキングクラスの白人たちに語り続けたことだった。

このように、日常生活の行方を見通していく上でも国際情勢への理解が欠かせなくなっていくのが、長らく続いたグローバリズムの時代に亀裂を生じさせる、トランプ以後の世界といえる。

その勘所を掴むためにも、今後、アメリカ史の理解や知見がビジネスパーソンにも必要になる時代を迎えることになる。

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