# 現代史

溶けていく近代社会の「建前」〜「本音」ばかりが跋扈する時代へ

たそがれる国家(2)
内山 節 プロフィール

なぜトランプが勝ったか

建前の社会を代表したのはクリントン候補だったが、もはや彼女は建前の代弁者だとはみなされていなかった。建前を掲げることによってエリートたちの利益を代弁する本音の政治家だと思われていたのである。建前が本音の手段に使われていると思えばいい。

それに対してトランプ候補は、ストレートに人々の本音に語りかけた。イスラム教徒や移民の排斥、アメリカ第一主義。それらは有権者の本音を揺さぶる方式だったといってもよい。こうして大統領選では、本音と本音がぶつかり合うことになった。

ところで大統領選の得票をみると、「没落した」白人だけでなく、大学卒の白人や女性などの票もトランプ候補がかなりとっていた。おそらくそれはこういうことである。トランプ候補は、自分が当選すれは皆様は儲かる、ということを提示していたのである。

不法移民を追放して雇用を守るというのもそのひとつだし、企業と全所得階層の減税、大規模な公共投資などを約束していた。

この約束は上層の人たちにとっても本音では悪くない。所得税が減ることも悪くないし、企業の税引き後の利益が多くなれば分け前も増えるかもしれない。公共投資などで一時的な活況がもたらされれば、そこからも新しい収益源が生みだされるかもしれない。

「儲かる」という本音の部分を揺さぶったのはトランプ候補だった。

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それに対してクリントン候補は、現状維持の政治家、既成の支配層の利益の代弁者としか有権者には映らなかった。自分にも利益をもたらしてくれる人ではなかったのである。

本音の時代に移行すれば、本音を揺さぶる扇動政治家が支持を拡大する。アメリカはこの方向に動きやすい社会なのかもしれない。

なぜなら『コモン・センス』をはじめとする建国の意義を書いた文章が示しているように、どちらが利益になるのかといったプラグマチズムや現実主義が、建国時から底流には流れていたからである。それがアメリカは移民の国だということの意味でもある。

もっともそのアメリカは、とりわけ戦後になると、自由や民主主義の守護神として振る舞おうとした。だがそれもまた、建前を前面に出すことによって自分たちを脅かしかねない敵を封じ込めるという本音の部分に裏付けられていた。本音の手段として建前を利用したにすぎない。

だが今日では、建前の利用価値は低下している。「社会主義圏」は崩壊したし、建前を掲げて世界を牛耳るだけの力もなくなっている。本音を押さえておく必要性がなくなっているのである。

 

民主主義とファシズム

今日では、世界中が本音で動くようになっている。ヨーロッパでも移民などの排斥を掲げる極右勢力、国家主義政党が勢力を伸ばしている。ポピュリズムやデマゴーグの政治が跋扈し、それが世界中に広がっている。

そしてそれは、近・現代の虚偽性を暴露していくことになる。

そもそも近代の建前自体が虚偽性をもっている。つねに不自由や不平等が存在し、機能しえない民主主義、問題を生みだしつづける経済発展がこの時代の真の姿だといってもよい。

だが、これまでも述べてきたように、この建前を守る、あるいはこの建前を社会化するために努力する、それがリベラル派の理念でもあった。その理念が持ちこたえられなくなっていく、建前の虚偽性によって打ち崩されていく。それがいま、世界の動きをつくりはじめているのである。

とするとそれは、近代以降の社会や国家のあり方の黄昏を露見させているのではないだろうか。建前を維持できなくなれば、建前を守ることによってつくられてきた社会や国家は虚無化していくだろう。

だがそれだけの動きでは、新しい時代の創造は起こらない。なぜなら虚無化されていく国家を生みだしたものは、近・現代の本音でしかないからである。それでは近・現代の原理の上に、劣悪な国家をつくりだすだけである。

若くして亡くなってしまったが、1960年代終盤から80年代初期にかけて多くの作品をつくったドイツの映画監督に、ファスビンダー(1945~82)という人がいた。彼のテーマのひとつは、「我らの内なるファシズム」だった。我々の民主的な社会は、つねにファシズムの芽を内蔵しているという提起である。

それは、そのとおりであって、民主主義とファシズムは対極の関係ではない。民主主義は実現しうるというのが近代以降の建前であり、しかしそれはつねに本音の前に敗北してきた。

その本音が自分たちの利益を実現する強大な国家を求めれば、そこにファシズムがあるからである。そしてそれはますます存続できない国家を、すなわち黄昏れていく国家を成立させることになる。

(第3回はこちら

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