「〆切」は人類の偉大な発明

企業も官庁も、長時間労働からは離れたいが、同時に仕事の質と量は落としたくないはずだ。そうすると、必然的に「時間効率」を追求せざるを得ない。

日本の職場では、これまで長時間仕事の場に居ること、長時間を耐えることの我慢比べが競争の有力種目の一つだったが、このゲームは無くなる。

 

これに変わって、一つの仕事をいかに短時間で仕上げたかの「時間効率」を競うゲームが流行するのではないか。人々は、一定の仕事をいかに短時間で完成させたかを競う。あるいは、時間に制約がある中での仕事の完成度を競う。

例えば、「A部長には、新人時代に、X社向けの完璧な提案書を45分で完成させたことがあるらしい」といった話が職場の伝説となり、A部長が尊敬されるといった案配だ。

時間効率を追求する上で最も効果的な方法は、ズバリ「〆切」を有効に活用することだろう。

「〆切」は、人類の偉大な発明の一つだとつくづく思う。筆者も含めて凡人は、〆切が無ければ、仕事の能率と総量が激減するだろう。

これまで、日単位で設定していた仕事の〆切を、時間単位・分単位に分割して設定するようなマネジメント(より前向きには「自己管理」)が有効であり、必要になるはずだ。

〆切は集中力を増進する妙薬だ。また、人は〆切に合わせて仕事をする柔軟性をかなりの程度持っている。適切に〆切を設定できると、仕事の能率は驚くほど向上するはずだ。

ただし、〆切が真に〆切であるためには、それが本当に〆切であることと、〆切を約束する相手が必要だ。

職場の上司と部下の関係は、有効な〆切を作る基礎となり得るが、上司は部下が尊重し時には恐れる「権威」を持たなければならないし、リーダーシップの常であるが上司の言葉が彼(彼女)の本音であることが信用されねばならない。

また、上司が適切に〆切を設定するためには、部下の仕事の内容と、部下の能力やコンディションについて、今までよりもずっと深く知らなければならない。

老婆心ながら付け加えると、仕事を適切に分割できたとして、一個一個の仕事を隙間無く並べてぎりぎりの時間短縮を目指すのは下策だろう。仕事と仕事の間に時々は余裕(端的に言って「休み」)を、半ば強制的に挟むべきだろう。

隙間無く〆切を並べると疲れを感じる以前に効率が落ちてくるし、余裕の時間には、無意識がフル回転して次の〆切に備えてくれることが多いので、これを有効活用したい。

もちろん、「時間効率」が職場の価値観になると、実は不要な形式的な会議のようなものを無くしたり、短縮したりする効果もあるだろう。

「アンチ長時間労働」は、いずれの職場にあっても、マネージャーに対して、これまで以上の力量と努力を要求することが確実だ。上司の方々は覚悟されたい。