42歳「脳が壊れた」ルポライターのその後〜私が障害を受容するまで

大病後も人生は続く
鈴木 大介 プロフィール

病後も続く人生

もちろんすんなりと受容できない障害もあったが、一方で病後の変わってしまった自分だからやれる仕事や、そんな自分を肯定できる部分もでてきた。

なるほど、これが受容の本質だ。受容には2種類ある。リハビリの現場などで忌避される受容は、「諦観を伴う受容」。自らの障害を認識した上で、抗うことをやめてしまうものだ。もう一方の受容とは、自らの障害を認識して見つめ、それによって周囲の環境調整を企図するものである。

そもそも立脚点として受容がなければ、僕はこうした自己観察もできず、周囲にそれをカミングアウトして理解と協力をお願いすることはできなかったろう。病前の自分のパフォーマンスに拘泥して「やれるはず」と意固地になっていれば、その闘病はずっとずっと苦しいものになっていたに違いない。

自身が脳梗塞に倒れて、同様に脳梗塞後に高次脳を抱えて家族や職場とうまく行かずに苦しんでいる人たちがいることを知った。それは脳梗塞と高次脳に限らず、若くして大病を患い、継続治療や再発不安といったストレスの中で日常に復帰していく現役世代全てに当てはまることなのかも知れない。

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例えばガン診断を受けた者のうち、治療で一命を取り留めた者のうつ病発症率や自殺率が有意に上昇することは、国内外の研究でエビデンスが取れていることだという。

病前にバリバリ働いていたセルフイメージの高い人間ほど、病後のやれなくなった自分を受容するのはプライドの折れる苦しい経験だとは思う。けども、この受容ができなければ余計に日々立ちふさがるハードルが増え、心を病んでしまうこともあり、結果としてその後の現場復職が遅れたり余分なQOLの低下を招いてしまう。

40代や50代という、まさに現役世代ど真ん中という年齢で大病に倒れるということは、その後何十年という人生を、ある者は後遺症を抱え、ある者は再発のリスクにおびえ、以前のようには働けなくなった自分と折り合いをつけつつ過ごしていくということなのだ。

そして痛感するのは、自らの病後を受容して前向きに生きていくのは、当事者一人では相当に苦しい思いをするということだ。僕の場合は妻も友人も取引先も、僕自身の受容に力を貸してくれた。

仕事に復帰する過程で一番言われたくなかった言葉は、「病気に甘えるな」「いつまでも病気のせいにするな」だろう。

この言葉が何よりも残酷なのは、病後の当事者がやれなくなった自分に対して心の中で日々自ら問いかけている言葉だからだ。もし僕の周囲にこんな言葉投げかける人がいたら、僕はどれほど辛い思いをし、日常復帰が遅れたことかと思う。

この記事を読んだ読者も、いずれは自身が当事者になるかもしれないが、それ以上に自らの周辺に大病サバイバーが現われた際に、どうかその受け入れ難い受容を支えてあげて欲しいと切に願う。

※高次脳=脳神経細胞が壊死することで起きる精神神経的な障害で、見てわかる身体のマヒなどとは違い人の内面の精神活動や認知行動に起きる障害。行動や感情がコントロールできなくなったり、記憶障害や注意障害、遂行機能障害、失語などがある

鈴木大介(すずき・だいすけ)ルポライター。1973年千葉県生まれ。家出少女、貧困層の売春、若者の詐欺集団など、社会からこぼれ落ちた人々を主な取材対象とする。代表作は『最貧困女子』(幻冬舎新書)。その他の著書に『家のない少女たち』(宝島SUGOI文庫)『最貧困シングルマザー』(朝日文庫)『老人喰い』(ちくま新書)『脳が壊れた』(新潮新書)など。またコミック『ギャングース』(講談社、原案『ギャングース・ファイル 家のない少年たち』〈講談社文庫〉)ではストーリー共同制作を担当。 
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