42歳「脳が壊れた」ルポライターのその後〜私が障害を受容するまで

大病後も人生は続く
鈴木 大介 プロフィール

「本日ザワチンです」

そんな妻のせいで(おかげで)、僕は人に頼るということを初めて知ったように思う。

一気に前向きに自分の障害と向き合えるようになり、「やれなくなってしまったこと探し」という自己観察モードに入ることができた。高次脳の回復は想像以上に時間がかかったが、仕事に戻りつつ取引先の担当さんたちにも自分の抱えた問題を告げ、理解と協力をお願いすることができた。

例えば病後最も早く復帰した仕事である漫画連載の原作仕事では、担当氏に「10日前には鈴木を予約して欲しい。明日明後日〆切ですという仕事には対応できません」と告げた。

物語をよりよく展開するための方針変更やディテールの描写変更や追加の資料提出など、常に予定が流動しがちな週刊漫画連載の原作仕事でこれはメチャメチャな要求だが、これは注意障害によってシングルフォーカス・シングルタスク(ひとつの物事・作業にしか集中できない)になってしまった僕が、突発的な仕事の依頼を受けるとパニック発作に陥ってしまうことへの対策だ。

担当氏は半泣きになり、ご自身も半ば身体を壊しながらもこの要求を受け入れて共に作品と戦ってくれた。

再発予防も含めて仕事の総量を減らし、取引先各位には自分で設定した業務時間(午後6時まで)以外の発注には対応しませんという宣言までした。

また、自己観察の結果、会話はうまくできなくても文書によるやりとりなら比較的うまくできることに気付いてからは、仕事の連絡のやりとりをメールやLINE中心に移行し、ついには「携帯電話の着信には対応しません」宣言に至る。

 

新規の取材仕事は難しいため、対談形式の仕事を検討してもらったり、日常業務では注意障害によるメールや原稿の誤送信誤字脱字と変換ミスの多さや、遂行機能障害で原稿が長くなりがちで刈り込み作業(推敲して文章を短くまとめる)が困難であることなどを説明、理解してもらった。
 
日常生活も同様。病後の僕は外食時に蕎麦を選ぶことが増えたが、これは注文が「ざる」の二文字で済むから。うまく話せない結果として注文を聞き返されるとパニックになる自分を観察した結果の対応だったし、コンビニでは釣り銭を急いで考えて出すことでパニックになるため、交通系プリペイドのSuicaを常用するように。その他のプリペイドサービスもあるが、少なくとも関東圏では緑色のSuicaのカードを見せるだけで話が通じる。

親しい友人には「感情失禁(情緒の抑制困難)があるのでいきなり泣きます」とあらかじめ宣言しておいて、思う存分メソメソ泣いた。

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最も苦しい障害は情緒の抑制困難と注意障害が絡み合って起きるパニックだったが、妻はここでも駄目人間先駆者としてのアドバイスをくれた。

注意障害と言えば思い浮かぶのはまず不注意になることだと思うが、実際には人の注意機能は集中と無視のバランスの上に成り立っていて、病後の僕は無視してもよい情報に振り回されることで度々パニックを起こした。

例えば病前だったら取るに足らないマイナスな気分を払拭することができず、考えたくない思考に集中してしまう。さわやかな晴天の朝に起きても胸の中にパニックの種を抱えていて、そんな心がざわつく日は普段以上に喉に異物が詰まったような苦しさで、言葉が出てこない。そもそもざわつきの理由が皆目わからない時も多く、こうなるともう一層対処ができない。

そんな僕に妻は「きょうもザワチンなの?」と言うのだ。

ザワチンとは妻の造語で、心の中が落ち着いていない状況を指す。自分がパニックを抱えているというのは、それを考えることだけでもパニックを呼びそうな不安感だが、「ザワチン」だったらなんだか受容可能だ。

しかも、そんな心のざわつく日に「実は仕事で○○な状態があってうまく対応できずに心がざわついているから○○されるとパニックになるかも」などと言わなくても、「実は本日ザワチンです」と言えばことたりる簡便な言葉でもある。

そしてこのようにザワチン宣言をすると、妻は僕を放置モードに入るのだ。無視するのではなく、関わらなくなる。

ザワチンモードな日は、無駄にかいがいしく気を遣われるのも、どうしたら楽になるのかなどと問われるのもまたパニックの種になり、「適度に」放っておかれるのが一番楽というのを、妻はその身を以て知っているらしい。