女子高生は「リベンジ・ポルノ」で二度殺された

ルポ・三鷹ストーカー殺人事件【前編】
石井 光太 プロフィール

これを聞かされる遺族の気持ちはいかばかりか。

法廷での母親の言葉だ。

「娘(Sさん)は刺殺後も写真を流され、今なお尊厳が傷つけられています。娘ではない写真まで、ネットで娘だと言われています。被告(池永)は(娘を)2回殺し、親も殺し、今も(私たちは)苦しみつづけているのです」

事件報道によって、ポルノ画像も拡散し、世界中のサーバーに広がったことで、今なお警察さえ「完全に削除するのは不可能」という状況に陥っているのである。

事件から3年、検察側のミスもあって、池永の独りよがりがくり返される裁判は未だにつづいている。

池永は「事件後に自殺を望んだ」と口では言いながら、一審で懲役22年という判決を下された途端に減刑を望んで控訴までしているのだ。無駄に長引く裁判は、遺族の怒りと落胆を助長しているだけだ。

ただ、殺人事件において、このような「理解しがたい被告」と「怒りを示す遺族」という構図は決して珍しいものではない。私自身、わが子を虐待で殺した親が「俺はちゃんと育てていた」とうそぶいたり、「子供を愛していた」と当たり前のように主張する光景を嫌というほど見てきた。

この背景には次回述べるように、犯人の凄惨な虐待体験などからくる人格の崩壊がある。だが、今の制度では、法廷で犯人が歪んだ価値観を主張し、弁護士が悲惨な幼少時代の体験を理由に情状を求め、刑事は裁判官に重い罪を要求するだけだ。

警察は、事件の被害者遺族のために「犯罪被害者支援室」というものを設けて弁護士を紹介するなどする。だが、ある凄惨な事件で家族を失った遺族は、私にこう語った。

「犯罪被害者支援室でカウンセラーを紹介されました。でも、事件そのものより、法廷で犯人が常識もなくムチャクチャなことを言ったり、笑ったりするのを見させられる方がよほど精神がおかしくなります」

新たな証拠がない以上、池永の量刑は二審でもほとんど変わらないだろう。ただ裁判が長引けば長引くほど、遺族の苦しみは助長されるが、犯人はその拘留期間が刑期に含まれるので刑務所にいる期間は短くなる。

無駄に長引く裁判は、犯人側の有利にしか働かないのだ。

本日から行われる二審で、池永は何を主張するのだろうか。

(中編はこちら

石井光太(いしい・こうた)ノンフィクション作家、小説家、作家。1977年2月7日東京都生まれ。日本大学藝術学部文藝学科卒業。代表作に『物乞う仏陀』(文春文庫)『遺体ー震災、津波の果てに』(新潮文庫)、『「鬼畜」の家〜わが子を殺す親たち』(新潮社)他多数。
死んだ犬を捨てた荒川に、次男も捨てた……虐待家庭の「核」に迫る戦慄のルポ!子供たちは、こうして殺されていく。