宮沢りえ『サンタフェ』の衝撃を、いま改めて語り合おう

篠山紀信×中森明夫×タナカノリユキ
週刊現代 プロフィール

タナカ 当時の新聞は今以上に真面目なメディアとしての認識があった。そこにヌード写真集の広告が、それも全面広告で掲載されたことは、新聞史上にも残る快挙です。

中森 今は倫理規定が厳しいから難しいでしょう。あの時代だから、できたといえる。

Photo by gettyimages

日本人の常識を覆した

タナカ 表紙は、隙間が空いたデザインの扉で隠すことで、裸なのはわかるけど、肝心な部分が見えそうで見えない。あれも巧みですね。

篠山 あの扉を日本に輸入して、豊島園に飾ったら、それ目当てに大勢人が集まったらしいよ。

中森 今振り返るとあれで「新しい歴史の扉」が開いたような気がする。

 

タナカ 広告からちょうど1ヵ月後についに発売の日が来る。今でも憶えているけど、発売日には書店に長い列ができて、その様子がニュースでも報道されました。

中森 手に入れた男性をレポーターが取材するんだけど、著作権の関係で写真自体はテレビで映せない。そこで画に描いた写真のカットを見せて、カメラマンの加納典明さんが解説していた。あれも前代未聞でしょ。

タナカ 裁判の傍聴画じゃないんだから(笑)。

中森 普段は写真集なんか扱わないメディアからも取材が殺到。りえには連日マスコミが張り付き、ワイドショーだけでなくNHKのニュースにも取り上げられるなど、まさに社会現象となった。

タナカ そういった過剰な騒動をどう見ていたんですか。

篠山 妙に醒めていたのを憶えている。「なんだこれは」みたいな感じ。僕としては「聖女を聖地で撮ったきわめて真面目な写真集」という認識だった。ヌードもあるけど、とにかく「いい作品を作ろう」と思ってやっただけ。もちろん作品として素晴らしいものができたけど、いい作品は売れないのが常だから、これも大して売れないだろうと思っていた。

タナカ 改めて見ると大騒ぎするような過激さはまったくない。きちんとした写真集です。

ヌードのりえちゃんが岩場に立っていたり、木にもたれかかったり、サンタフェの自然や風景の中に同化しているようなカットが多い。これは写真家スティーグリッツへのオマージュですよね。

篠山 もちろんそれもあるけど、サンタフェという土地が大きな意味を持っていた。そこに聖女、宮沢りえがいるんだから、風景の存在感が出るのは当然なんだ。

タナカ 新聞広告は、ものすごくインパクトがあったため、スキャンダラスな印象を与えたけど、中身は完全に「アート」。

中森 「エロだと思って買ったのに」って、不満を持つ人もいたけど、売れ行きは落ちなかった。

タナカ 逆に言えば、アートの写真集だったから堂々と買えたし、これだけ売れたんじゃないですか。

篠山 それはあるね。値段が4500円ってけっこう高いから、おカネを出し合って買ったという中学生の話も聞いたし、親父が買ってきて家族で見たという人も多くいた。エロではなかったから、誰でも見ることができた。

学級文庫にもあったくらいだから。

タナカ 僕の中ではアートの本があれだけ売れたことがショックでした。アートは売れないのが当たり前だったから。しかも「ヌードは人気が落ちてきたタレントが話題作りでやるもの」という常識も覆した。

中森 日本人のヌードに対する意識を完全に変えたわけですよ。

『サンタフェ』より少し前に出た「日本初のヘアヌード写真集」と言われる樋口可南子の『water fruit 不測の事態』('91年)を撮ったのも篠山先生でした。当時は「ヘアヌードの旗手」なんて呼ばれていましたよね。

篠山 でも、僕自身は、「ヘアヌード」なんて一度も言ったことがない。ヘアなんて頭にも生えているわけだろ。当時、あれは「権力への挑戦ですか」と質問されたけど、そんな意識はまったくない。美しい女性がいて、ヘアも写したほうが自然だからそれでいいと思った、それだけのこと。

ルールは、時代や国によって変わる。そのルールをかいくぐりながら自分のやりたいことをするから面白いんだ。

「美しさ」に価値がある

中森 宮沢りえは、今では日本アカデミー賞の主演女優賞を取るほどの大女優になりましたが、代表作はなにかと言われれば意外に思いつかない。やっぱり『サンタフェ』になるんですよね。

タナカ 当時は後藤久美子とか美少女の時代でもあった。演技とか歌唱力など二の次で「美しい」ことに価値が認められた。宮沢りえはその象徴とも言えます。

中森 昨年、タモリと宮沢りえが司会を務める『ヨルタモリ』(フジテレビ)に篠山先生がゲストに出て、『サンタフェ』の未公開カットを紹介したことがありましたよね。りえちゃんも相当驚いていましたが、彼女にも内緒だったのですか?

篠山 ほとんどの写真は使ったけど、写真集の文脈にどうしても収まらないカットが数点あったんだ。それを持っていったんだけど、あの番組は打ち合わせがなくて、いきなり出したからみんなビックリしたわけ。それをカットしないで流したテレビ局も偉いね。

中森 それだけあの写真の芸術性が今も評価されているということです。世の中では「サンタフェをもう一度」という声も上がった。もう一度、彼女のヌードを撮るつもりはないですか?

篠山 それはない。女としては最高に魅力的になったけど、もう聖女じゃないから。

タナカ あの時の彼女の存在と、そこに立ち合える写真家、そしてあの時代が揃って生まれた「奇跡」だったんですね。

〈了〉

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