物語が完璧すぎ!? 朝ドラ『べっぴんさん』どこまで本当の話なのか

モデルは子供服メーカーの創業者
週刊現代 プロフィール
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看護師・明美のモデルは?

思い詰めた惇子が取った行動が、人生を変えることになる。それが、10月19日放送の第15話で登場した、こんな場面だ。

坂東家の令嬢として子供の頃から「あさや靴店」の麻田茂男(市村正親)に靴を作ってもらっていたすみれ。麻田は引っ込み思案の彼女が悩みを打ち明けられる数少ない人物だった。終戦後、生活費のために、やむなく嫁入り道具のハイヒールを売ろうとあさや靴店を訪ねるが、麻田は買い取りを固辞する。

 

「すみれお嬢さんのためだけにあつらえたもんや。ほかの人に売るやなんて堪忍してください」

麻田の思いは痛いほど分かるすみれだが、愛娘を食べさせるためには、どうしてもおカネが必要なのだ。困り果てたすみれは、カバンの中から娘の写真を取り出し、麻田に差し出した。

「私の娘です」

「なんとまあ、可愛らしい……」

麻田は写真をニコニコと眺めた後、その写真入れに釘付けになる。ツイードに小花の刺繍がちりばめられたハイカラなものだ。

「この写真入れ、よろしいなあ」

「私が作ったんです」

はにかむすみれに、感心した麻田は「店のショーケースを貸すので、こういった手芸品を売ったらどないですやろ」と思い掛けない提案をする。

ファミリアの前身「ベビーショップ・モトヤ」(劇中の店名は「ベビーショップ あさや」)が産声を上げた瞬間だった。あさや靴店のモデルとなった「モトヤ靴店」も神戸・三宮センター街に実在した老舗だ。店主の元田蓮は長きにわたり惇子たちとファミリアの成長を見守ったという。

とはいえ、素人の作った手芸品がプロの目に留まり、売り物として通用するものだろうか。前出・中野氏は言う。

「ファミリアのベースには4人のお嬢様の花嫁修業があることは間違いありません。我々が考える以上に生半可なものではなく、著名な先生にみっちりと仕込んでもらっている。ですから、4人とも玄人はだしのテクニックを持っていたんです。

惇子は女学校時代からフランス人に刺繍を習っていましたし、ミヨ子に至っては、和裁は三越の仕立屋仕込み、デザインに生かされた油画は画家・小磯良平の個人授業を受けていた。

また、家が裕福で目も肥えていたので、『いいモノを作りたい』というこだわりがありました。持ち前の技術と『いいモノを作る』というコンセプトが、そのままファミリアという会社に結実していったのです」

劇中で、すみれの同志となるのは、女学校時代の手芸倶楽部仲間・良子(百田夏菜子)と君枝(土村芳)、そして看護師の明美(谷村美月)である。

実は、明美だけはファミリアの創業メンバーがモデルではない。お嬢様とは縁遠い、すみれの実家で働く家政婦の娘という設定だ。彼女のモデルとなったのは、戦後、外国人専門の看護師をしていた大ヶ瀬久子だ。神戸外国人居留地研究会事務局長・高木應光氏は語る。

「神戸の外国人居留地にはイギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、オランダなど様々な国の方が住んでおり、独自の自治会を持っていました。彼らは自分たちが病気になった場合、旧来の日本人が営む病院では心もとないと、明治4年に神戸万国病院を創立したのです。

ただ、外国人医師は用意できても、看護師については人手不足のため、日本人を使うほかない。英会話はもちろん、高い教養が求められましたが、その一人が大ヶ瀬久子さんでした。久子さんは、赤ちゃんや妊婦さんなどを専門に受け持つ看護師だったようです」

惇子は外国人村に住んでいたこともあり、西洋の育児に興味を抱き、イギリス人女性の紹介で久子と出会う。久子の教えは惇子自身の育児に大きな影響を及ぼしただけでなく、子供の立場に立ってベビー用品を作るうえで必要不可欠なものだった。久子との出会いがなければファミリアの成功もあり得なかっただろう。

『べっぴんさん』でも、最先端の育児の知識を持つ明美がメンバーに加わって、お嬢様育ちで浮世離れしがちな3人がベビー用品の製作で具体的な企画を立てていく。また、算盤が苦手で収支計算に明るくない3人に「あほか」と呆れて言い放つシーンも。まさにドラマを史実以上に面白くするキーパーソンなのだ。