山本美憂・総合格闘技「参戦の真相」~榊原マジックとは一体何なのか

【最強さんいらっしゃい】第4回
細田 マサシ

山本一族「強さの秘密」

──それで、先にローキックを放っていったわけでしたか。
美憂 セコンドの声よりシウバの煽り(笑)。まあそれがすべての原因ではないですけどね。そうしたら向こうもローを返してきたんで、反射的にパパーっとタックル合わせてテイクダウンしたんです。

(C)RIZIN FF/Sachiko Hotaka

──あの時点で「あ、山本美憂勝った」って思いました。
美憂 ところが、そこからねえ……練習したことがなんにもできなかったですね。試合後の勝利者インタビューでRENAちゃんが「思ったより強くなかった。プレッシャーが全然なかった」って言ってたんですけど、まさにその通りなんですよ。勝ち急いじゃって、じわじわ圧をかけることができなかったし、パウンドなんか全然って感じで。結果的に相手を休ませてましたよね。

──そのあと、最初の蹴り上げを食います。
美憂 あれで意識が飛んだんですよ。だから、その後のことが全然記憶にない。それなのに後でVTR見たら、パンチをすいすいって反射的にかわしてたりして……「お前は酔拳か」って自分でツッコミ入れときました(笑)。

──そこから2発目のRENA選手の蹴り上げが強烈でしたねえ。
美憂 これもまったく覚えてなくて、その直後に変なタックル行くんですよね。それからフィニッシュですよ。気が付いたらチョークが入ってて、「あちゃー」って。負けた瞬間は……とにかく悔しくて悔しくて。でも、RENAちゃんに対しては、悪い感情はないですよ。「ありがとうございました」って気持ちだけ。

(C)RIZIN FF/Sachiko Hotaka

──なるほど、さすがシビアなスポーツの世界に生きて来た女王ですね。
美憂 まずは自分を責めますよね。「何をやってたんだ」「何、熱くなっちゃってんだ」と。冷静さを欠いたことへの後悔ばかりで。しばらくそれが続いて、で、次に責めるのは榊原さん(笑)。

──ガハハハ! 「榊原マジックのせいで」って(笑)
美憂 本当そう(笑)。こんな強い相手をデビュー戦で戦わせるなよ、と。でも、よくよく考えたら方針としては正しいですよね。だって、私は十代の若い子じゃないんだから、じっくり育てるマッチメイクなんかありえないですよ。リングに上がれる回数も限られているんだから、早いうちに大きなカードを組むというのが正解です。それに自分としても、強い相手といきなり組んでもらえて有難かった。いい経験が積めましたからね。

──ちなみに、アーセン選手は試合後なんて言っていたんですか?
美憂 「よかったよ、大丈夫大丈夫」って言ってくれました。多分私が泣いてたからだと思うけど、慰めてくれましたね。優しい子なんです。

──しかし、あの日の興行は、山本家の絆と最強のDNAを強く感じた日でもありました。
美憂 アーセンが勝って、私がMMAデビュー戦を戦って、弟がセコンド付いてくれて、それで父もリングサイドで見てるという。まあ、ウチの場合はいつもそうなるんですけどね。弟がK-1や総合の試合に出た時も、家族勢ぞろいでしたしね。あの頃は聖子も会場に来て、リングサイドで一緒に声を張り上げてましたね。

──正真正銘の格闘一家ですよ! 美憂選手がレスリングを始めたのも、五輪選手だったお父さんの影響なんですもんね。
美憂 そうですね。ただ、最初は弟だけがレスリングをやっていて、私と妹はやってなかったんです。女の子にはレスリングをさせないつもりだったらしく。それが、ある日の日曜日、弟の練習を見てたら自分もやりたくなっちゃって、「じゃあ、やるか」って始めたのが10歳のとき。

──ここから最強伝説が始まるわけですね!
美憂 やり始めたときは「あ、これは自分に向いてる」って凄く感じました。まだ子供だったから順応性もあったんだろうけど、でも感覚でわかるじゃないですか、向き不向きって。それで大会に出るようになって成績が付いてくると、やってるこっちも面白くなってきて、ドンドンのめりこんでいったんですね。だからその後「最強女王」とか「敵なし」とか言っていただいたりしたんですけど、それより、「自分に合ってた」っていうのが大きかったなあって。

──なるほど。ただ、そうはいってもお父さんの山本郁榮さんの影響も大きかったと思うんですが、いかがでしょう? そもそも、美憂さんの名前もお父さんが出場した「ミュンヘン五輪」からいただいているという。
美憂 確かにそこから始まってますからね。妹は「五輪の聖火」からいただいて聖子。弟は父の名前をいただいて「徳郁」ですから、それぞれ父の強い想いは感じるんですけど。ただ、父は家では普通の人ですね。むしろ目立たないキャラで(笑)。

(C)RIZIN FF/Sachiko Hotaka

──そうなんですか! しかし、レスラーとしてはインパクトある方ですよね。だって我々昭和世代にとってミュンヘン五輪出場レスラーといえば、「ジャンボ鶴田・長州力・山本郁榮」ですよ。
美憂 厳しいといえば厳しい。練習はまったく妥協のない人でしたね。相当きつかったですよ。でも競技が自分に合っていると思うから、くじけることはなかったし。それに練習っていっても一日中ダラダラやるわけじゃない。だいたい2時間くらいなものなんで、その間は耐えられますね。むしろ集中力がつくんですよ。

──なんの職種でも、実は集中力が最も重要っていいますもんね。それで13歳で初の全日本王者、これを5連覇。史上最年少の17歳で世界王者とか、本当に女子レスリングの先駆者でしたね。
美憂 好成績を残せたのは、向き不向き以外にも、怪我がほとんどなかったのも大きかったです。今でも、首も肘も膝も全然問題ナシ。その分弟と妹に怪我が行ってしまって申し訳なかったなあ。聖子なんか膝を3回も手術してるんです。