『怒り』『悪人』『パレード』…吉田修一が犯罪でなく人間を描く理由

ノンフィクションとの違いは?
吉田 修一 プロフィール

―犯罪はノンフィクションでも、よく扱われるテーマです。ノンフィクションが描く犯罪と小説が描く犯罪との違いはなんでしょうか。

ノンフィクションを読んだときに記憶に残るのは「他人の話」。あくまで他人のエピソードとして記憶に残るように思います。それに対して、犯罪を扱った小説を読むと、ときとして自分自身のエピソードとして記憶に残ることがあります。

小説の中で登場人物が考えたことや思ったことが、自分が体験したことのように記憶に残る。そこが、小説とノンフィクションの違いなのではないでしょうか。少なくとも、そういう体験はノンフィクションよりも小説のほうが多いような気がします。

 

―今回の作品は5作品とも原稿用紙100枚前後の中編になっています。中編ゆえの難しさというのはありましたか。

この作品は『小説 野性時代』に連載したものを一冊にまとめたものです。連載時は1作を2回に分けて、前編2週間、後編2週間の約1ヵ月で書き、その2週間は本当にこれだけに集中していました。長編の場合、途中で息を抜けますが、中編はそれができません。

よく言われるように陸上の800m走みたいなキツさがありました。しかも書いている内容が重たいじゃないですか。2週間「犯罪者」で居続けるというのはけっこう辛い。バカラ賭博の話を書いていたときは、朝起きたときに何十億円もの借金を背負って目覚めるんですよ(笑)。それをずっと続けていたので、毎回、書き終えるたびにぐったりしました。

でも、それだけに、すべてを書き終えたいまは、作品に出てくる人たちが本当に近しい感じがします。自分の分身のように感じるのです。

(取材・文/水品壽孝)

『週刊現代』2016年12月3日号より