原発推進勢力が画策する、原発訴訟「完全封じ込め」のウルトラC!?

元裁判官が明かす悲観的な未来
瀬木 比呂志 プロフィール

日本人の根強い「お上第一意識」

――原発に詳しい専門家でなければ適切な判断は難しい、という意見は、原発稼働を続けたい人々を中心に、昔から出ていますね。

瀬木 「普通の裁判官は原発のことなどわからないから判断できない」というのは、僕は、実をいえば、暴論、俗論ではないかと思います。

科学的な問題を扱う裁判などいくらでもあり、そんなことをいえば、公害訴訟も薬害訴訟も医療訴訟も建築訴訟もIT関係訴訟も、そういう専門的な分野の訴訟については、常に、「裁判官にはわからない」といわなければならなくなってしまいます。

そうした訴訟と原発訴訟に本質的な差などありません。そこは、きわめて特殊なものである知的財産権訴訟の場合とは違います。

知的財産権訴訟というのは、本当に特殊で、実をいうと、弁護士や裁判官でも、判例を読んでも、経験がないと、何が書かれているのかよくわからないというのが事実なのです。

根っからの文化系がより多い学者は、それ以上にわからない(笑)。だから、知的財産権を教えている教授は、その分野の弁護士、裁判官、あるいは特許庁の官僚からの転身者や兼業者が多い。正直にいえば、法学としては未成熟な部分が大きいと思います。

また、これは、一般社会にほとんど関係しない企業だけの争いでもあるので、まあ、特殊な裁判官や弁護士に任せておいてもいいか、というところはあるのです。

しかし、原発訴訟にそんな特殊さなどありません。法律家はもちろん、一般知識人でも、原発訴訟の判決は読める。

また、原発の潜在的な危険性を考えるならば、ことに、「原子力ムラ」のような硬直した専門家集団に安全性の判断をゆだねてきたことが大事故を招いた大きな原因であることを考えるならば、きちんとした裁判官が、中立客観的な立場から、厳正にその安全性を審査することが必要です。

 

――なるほど、そういうふうに専門家の視点から説明されると、目からウロコが落ちますね。

瀬木 これは一般論ですが、たとえばアメリカで、「普通の裁判官は専門的なことなどわからないからそういう裁判はできない」などと言ったら、知識人なら、まず確実に、評価を落とします。政治家も同様でしょう。

「自称知識人」がそういうことを平気で言ってすましていられる、批判も受けないでいられるのは、実は、日本人一般のお上第一意識が強く、また、司法の役割に関する理解が足りないからでもあるのですよ。残念ですが、これは事実だと思います。

たとえばアメリカでは、第三者的な裁判官こそ公正な判断ができると考えるから、国の重要な政策でも、最後は最高裁判所の審査を経る形になっています。

たとえば、公教育における人種差別をやめさせる、選挙で一人一票を徹底させ、従わなければ裁判所が専門家の意見を聴いて選挙区の形まで決めてしまう。これらは、アメリカ憲法をちょっと勉強すれば誰でもわかる実例です。

また、素人である陪審員たちの集合判断についてすら、「裁判官の判断に劣らない」というのが、アメリカにおける数多くの広汎な調査研究の結果です。素人の判断する陪審裁判についてさえ、「明らかに間違っていると思われる場合にだけ裁判官がチェックすればいい」という考え方なのです。アメリカ的な民主主義を徹底しているわけです。

いわゆる「原子力ムラ」の人々が典型的ですが、日本の原子力の専門家は、総じて、日本の原発の安全性に過大な自信をもち、また、数々の「根拠のない安全神話」を広めてきました。そのことは否定しにくいと思います。

小説でもふれていますが、彼らはこんなふうに主張していました。

①原発における30分以上の全電源喪失は考えなくてよい

②日本ではシヴィアアクシデント(過酷事故)は起こらない

③日本の原発の格納容器は壊れないから放射能も決して漏れない

そんな、欧米の知識人たちが絶句してしまうような「神話」、そしてもちろん、これら3つの言明がすべて何の根拠もない非科学的なものであったことが明白になった事故の後で考えれば、日本の普通の市民でも明らかにあれはおかしかったのだと考えざるをえなくなったような「神話」を、自信をもって主張していたのです。

そしてそれを批判されると、「あなたは専門家ではないから、あるいは在野の人で片寄っているから、わからないのだ」と、からめ手からはねつけていました。こうしたことは、多くの書物に書かれているし、インターネットでも、大筋は調べられます。

外国人とそうしたことについて話していると、皆、「どうして一流といわれるような学者、また政治家や官僚が、そんなおかしなことを言ったの? どうして、日本の人々はそれを信じてしまったの?」と、本当にまじめに問いかけてきますね。

「痛い」問いかけであり、また、日本人の認識構造の問題、あるいは社会の性格やその歴史的背景から説き起こしてゆかないと理解が得られないので、説明するには、いつも苦労しています。

こうしたムラ、タコツボ型専門家集団、総体としての「原子力ムラ」の傲慢さが福島第一原発事故を引き起こした、その大きな原因となったという事実を、決して忘れてはいけないと思います。