地方で自殺が急増した「意外な理由」〜日本社会の隠れたタブー

保険と自殺のキケンな関係
貞包 英之 プロフィール

生命保険と自殺の関係

多くの中高年の男性が、地方で経済的問題を苦に自殺していく理由の詳細な分析は筆者の共著(『自殺の歴史社会学:「意志」のゆくえ』)を参照していただくことにして、端的に結論を述べれば、そうした自殺の構造的土台として無視できないのが、20世紀後半における生命保険の普及である。

とくに高度成長期以後、中高年男性を中心に生命保険の普及が進む。戦前にも生命保険はマイナーではなかったが、この場合の保険は、死亡時にもらえる保険金の倍率が低い貯蓄的性格の強いものだった。対して戦後には、死亡時に掛け金の数十倍もの保険金を払う定期付養老保険という特殊な商品が一般化していく。

それを買ったのは、まず当時増加した核家族である。夫の給与に依存し、親族や近隣の人びとから孤立した核家族が、まさかの時に備え生命保険に加入する。それを安心の材料として、先取りした消費もおこなわれる。たとえば団体生命保険に入ることを前提に、資金を持たない核家族も、住宅を購入できるようになったのである。

 

加えてそれ以上に、生命保険の普及を底支えした集団として注目されるのが、中小企業の経営者である。

高度成長のなかで中小企業は、土地とさらに生命保険を担保として、銀行の融資を取り付けることが求められる。戦中・戦後の金融市場の転換によって、親族や投資家に資金を頼りづらくなった中小企業は、そうして銀行の融資を当てとして規模を拡大するか、事業を止めるのかの選択を迫られたのである。

こうして「命」を賭金とした保険に入る人びとの増加が、全国的に自殺の増加を引き起こす構造的な土台になった可能性を否定できない。

生命保険加入を前提に住宅を購入し負債を抱えた核家族や、さらに生命保険に多重加入することで融資を繋いでいた経営者が、不況の際に借金を精算するために自殺は利用されただけではなく、残される貨幣が「後顧の憂い」を断つことで、自殺は増加していくのではあるまいか。

それを一定の仕方で裏付けるのが、高度成長期以後、自殺総数に対して保険金支払い件数や金額が急増していくという事実である(図3)。

1999年には、同年の3万1413人の自殺者に対して12万270件という4倍にせまる保険金が自殺に対して払われている。それは単純にいえば、自殺者の多くが生命保険に、それも複数加入していたことを示している。

そして、これが20世紀末に地方を中心として自殺が増加した理由もよく説明する。問題は、土地の信用力の弱い地方の経営者は、融資の担保として、複数の生命保険に加入することをなかば強制されていたことである。

そこにバブルの崩壊が襲う。地方へのバブルの到来は遅れたにもかかわらず、その落ち込みはひどかった。この踏んだり蹴ったりの状況のなかで、とくに地方では中高年男性を中心とする多くの経営者が自殺を選択し、借金を精算することに追い込まれていったのではないか。

「意図」を隠さなければいけない自殺

以上は大まかな見取り図であり、その詳細を確かめるには、さらに多くの分析が必要になる。

ただしひとつだけ留意しておくとすれば、矛盾するようだが、単純に個々の自殺者が保険金の支払いを目的として自殺したとは、実はいいがたいことに注意しておこう。

保険金を目的として自殺がどれほど実行されているか。それにはもともと多くの議論がある。警察庁は2007年以降、保険金を目的としたとみられる自殺数を公表し始めるが、たとえばその年では男性で139件、女性で12件と全体の0.5%しか保険金を目的とした自殺は確認されなかった。

ただしそれだけで、生命保険と自殺のかかわりを全否定することもできない。

問題は、自殺者に保険金の支払いという目的を隠すことが陰日向に求められるという社会的な仕組みである。

たとえば通常、契約後の免責期間(近年では3年)内に行われた自殺は、保険金を目的とした「不誠実」なものとして、保険会社はその支払いを拒否できる。

そのために自殺を引き伸ばすか、たとえばそれを事故に紛らわせることに誘導されるのであり、まただからこそ偽装の必要のない免責期間直後に自殺が急増するというデータもある。

加えて免責期間後も、保険金の受取という目的を公言できるかといえばむずかしい。保険金目的が露骨な自殺に対する支払いの免責を近年、保険会社が法廷に訴え始めたからだけではなく、そもそも世間体がそれを許さないためである。

単に体裁を守るために隠されるわけではない。より重要になるのは、自殺の意図を曖昧とする暗黙の習慣を土台として、自殺と生命保険のつながりが社会的にむしろ活用されてきたことである。

まさかのときには、みずから死を選ぶことで住宅ローンや、会社への融資が返されることは、たしかに公言されない。しかしだからこそそうした実践は道徳的な追及を受けることなく社会に受け入れられ、とくに住宅を売る側や、企業に融資をおこなう側に都合よく利用されてきた。

生命保険にかかわる自殺では、意図を公言しないことがこうしてシステム的に求められる。その意味では先の警察のデータも、生命保険を目的とした自殺が少ないことをそのまま示すとはいえない。

より直接的には、それはむしろ保険金とのかかわりを認めることが、この社会でどれほどタブーになっているかを浮き彫りにするのである。