ニッポン柔道をV字回復させた男・井上康生の「改革」は未だ道半ば

リオ五輪に達成感はあまりない
週刊現代 プロフィール

東京五輪で重量級を再建する

5歳で柔道を始めた井上は、小学生の頃から「山下(泰裕)2世」と呼ばれて将来を期待され、オリンピアンへと成長する。

'00年シドニー五輪において、井上は全試合一本勝ちで金メダルを手にした。だが、2連覇が確実視されて臨んだアテネ五輪では準々決勝で一本負け。

五輪における天国と地獄を経験し、その怖さを誰より知る井上は選手に寄り添う指導を行ってきた。

「私は五輪で非常に情けない負け方をした一人です。力を出し切れず、一生、私の中では悔いが残る。そういう思いだけは私の選手たちにさせたくなかった。リオ五輪も達成感はあまりない。一人ひとりの能力を考えれば、もっとやれたんじゃないかという悔いが私には残った。ただ、選手たちはよく頑張ってくれた」

その悔いを晴らす機会は4年後に残されている。

井上は東京五輪まで監督を務めることが決まった。妻であるタレント・東原亜希との間には4人の子どもがいて「家族で食事をしている時が一番幸せを感じる」と井上は言う。

しかし、子どもたちの運動会に行くこともままならない日々がこれからの4年間も続く。それでもやり遂げたい監督としての最大の使命は、かつて自身も戦った100kg級、100kg超級の再建である。

「リオでは重量級の再建が道半ばで終わりました。その悔しさを晴らせるのは、同じ五輪の舞台しかない」

柔道母国で行われる五輪で、井上の改革は完成する。

〔PHOTO〕gettyimages

「週刊現代」2016年11月12日号より