「黒田博樹vs.大谷翔平」永久に記憶しておきたい3打席全8球

背番号15とともに
上田 哲之 プロフィール

現役ラストの直接対決

そして、運命の第3打席は6回裏に巡ってきた。

(1)外角低め スプリット ボール
(2)外角 スライダー 見逃しストライク

初球は1、2打席では投げなかったスプリット(フォークと言っても、チェンジアップと言ってもいいと思うが、要するに、はさんで投げて落ちるボール)。これで目先を変えておいて、2球目は第2打席でまったく合っていなかったスライダー。

このボールは、外角のボールゾーンからストライクに入れる意図だったのだろうと思う。黒田の日本球界復帰とともに有名になった、いわゆるバックドアである。ただし、甘かった。むしろ2打席目も3打席目も大谷がスライダーに合っていなかったと言うべきだろう。

ここまでの計7球を前提にして、打ち取るには次は何を投げるべきか。

(3)外角低め スプリット レフトフライ

ツーシーム、カットボールのいわば横の揺さぶりから、最後はタテに落ちる変化へ。

こうして黒田対大谷の3打席が終わった。

 

“二刀流の男”は間違いなく、今季パ・リーグのMVPだった。そして“ヤンキースのエースを張った男”はこの2年間、日本野球界全体のMVPであり続けた。2人のMVPの、いわば“知略の8球”だった、と言いたい。

ここまでくれば、最後にこの2人の投げ合いを見たい、というのはすべての野球ファンの願望だったのではあるまいか。そして、もし夢が実現するとすれば、それは日本シリーズ第7戦のはずだった。

勝負の分水嶺となった第3戦

しかしご承知の通り、広島は2連勝のあとの4連敗で、第7戦にいくことなく敗退した。

これはもうプロの評論家も素人の野球ファンも関係なく、どなたもおっしゃることだが、流れが変わったのは第3戦である。

5回3分の2を1失点で降板した黒田の後はブレイディン・ヘーゲンズ、今村猛とつなぎ広島が2-1とリードして迎えた8回裏のことである。

この回から登板のジェイ・ジャクソンはシーズン中もずっと8回を任されてきたセットアッパーである。2死二塁と攻められて迎えるのは3番大谷。カープベンチはこれを敬遠して、4番中田翔との勝負に出る。

中田の当たりはレフトへのライナー。打球は前進してきた松山竜平のグラブをかすめて左中間へ転々。一挙に2者生還して、日本ハムが3-2と逆転に成功した。そのまま押し切ってシリーズ初勝利をあげると、あとは一気呵成の4連勝でシリーズが決まってしまった。

誰もが、ここが勝敗の行方の分水嶺だったと考える。一例として、朝日新聞の総括を引用する。

〈(緒方孝市監督は)終盤、逃げ切りを図りながらも左翼・松山に守備固めを出さず、その松山のミスで逆転を許してシリーズ全体の流れを変えてしまった。第6戦の八回は連投で球威の落ちたジャクソンの交代機を見誤って大量失点を喫し、「自らの判断ミス」と悔いた 〉(10月31日付)

第6戦での采配ミス

第6戦についても、ふれておこう。

王手をかけられたとはいえ、広島からすれば、これさえ勝てば第7戦にいける。そして広島での黒田の最終登板を実現することができる(日本ハムの先発が大谷の予定だったことは、後に栗山英樹監督が明言している)。

4-4の同点で迎えた8回表。再びこの回から登板のジャクソンが打ち込まれる。
2死満塁とされて、迎えるのは4番中田。ジャクソンはストレートの四球で押し出し。4-5と勝ち越された。

誰が見ても交代である。しかし次打者は投手のアンソニー・バースだった。おそらくは、だから続投だったのだと思うが、なんとバースにセンター前タイムリーを打たれてしまう。次打者はホームラン王のブランドン・レアード。不思議なのは、ここでもジャクソン続投だったことだ。そして満塁ホームラン。

宮本慎也さんに至っては「レアードの満塁弾は、試合を諦めた広島ベンチのせいだと言っていい」(10月30日付日刊スポーツ)とまで酷評している。
 
もちろん、交代させたからといって、リリーフ投手がレアードに打たれない、という保証はない。そうではなくて、おそらくは見ている全ての人が交代だ、と感じただろう、その感覚と采配とのあまりにも大きな齟齬に愕然とする。