許永中からもらった「ロマネ・コンティ1928年」に酔いしれた夜

島地勝彦×廣瀬恭久【第2回】
島地 勝彦 プロフィール

シマジ そんな薄情なことはわたしにはとても出来ません。なにせ歳川さんは、許永中からロマネ・コンティをもらってきた張本人なんですから。何度も何度も「歳川さん、いよいよあなたが持ってきたロマネ・コンティを飲みますよ」と体を揺すって起こそうとしたんですが、歳川さんはちょっと起きて「はいはい」と返事をすると、またすぐ眠ってしまうんです。

まあ美味しいグランヴァンを飲んで寝込んでしまうとなかなか眠気は覚めるものではありません。わたしも何度も経験済みです。ほかの3人は元気にロマネ・コンティを飲んで感激していたんですが、歳川さんはずっと櫓を漕いでいましたね。

でも、いよいよ残り4分の1になったとき、わたしが「ここでストップしよう。残りは歳川さんに持って帰ってもらおう」と提案したんです。みんな賛同してくれたので、廣瀬さんにエチケットだけ剥がしてもらい、ボトルに固く栓をしてから袋に入れて、帰りがけに歳川さんを起こして持たせました。

廣瀬 そうでしたね。あの夜のことはよく覚えています。でもこの1928年は白眉でしたね。出来てから60年も経っているのにまだしっかり活き活きしていましたからね。

立木 わかった。シマジの優しさに免じて今回は許そう。その代わり今度そんな機会があったら必ずおれを呼ぶと約束しろ。

シマジ 約束します。もうあんな僥倖は2度とないと思いますがね。

廣瀬 じつはもう一度凄いワイン試飲会が「エノテカ」であったんです。

立木 なになに、まだあったのか!

シマジ それは廣瀬さんが催したシャトー・ラトゥールの垂直試飲会のことで、わたしはほかの招待客よりちょっと余計に飲んだという話ですよね、廣瀬さん。

廣瀬 あのときは最後に1945年のラトゥールが出ました。ちょうど第2次世界大戦が終わった年で、フランスの産地はどこも品薄なので、貴重なワインとして珍重されているヴィンテージでした。

その日はだいたい1人1本くらいの割り当てで用意していたんですが、最後、来日していたラトゥールの当主が「それでは1945年を飲みましょう」といったころにはほとんどの人が限界に達していました。それで、シマジさんとわたしとで、1945年をほとんど丸々一本飲んでしまったというわけです。

シマジ 同じテーブルには女優の鈴木保奈美さんとか、いま「GQ」の編集長をやっている鈴木正文さんなどがいましたが、どなたもその1945年のグラスに口をつけないんですよ。勿体ないので、わたしがみなさんに断って全部飲んでいました。そうしたら感激したラトゥールの当主がわたしの席までやってきて「ありがとう!」と礼をいわれましたよ。

廣瀬 あのときシマジさんは、いろんなヴィンテージを垂直試飲で合計2本分ぐらい飲んでいましたよね。

シマジ 開高健文豪が1945年は当たり年でどのワインも美味いといっていましたから、死んでも飲んでやるぞと張り切ったんです。そのあとどうやって帰ったのか、まったく覚えていないくらい泥酔しましたけど。

立木 廣瀬さん、もしこれからそんなチャンスがあるときは必ずご一報ください。いつでも馳せ参じます。

廣瀬 畏まりました。お約束します。そのときはヒノさんもご招待致しましょう。

ヒノ えっ、ホントですか。光栄です。死ぬまで飲みます。

廣瀬 とにかく近いうちにわたしの秘蔵のグランヴァンを持参しますから、シマジさんに食事のセッティングをしてもらいましょうよ。

立木 それは面白い。これからジビエの季節だし愉しみだ。

ヒノ セオ部長はいいですかね。

シマジ グランヴァンを飲むときは4人が最適なんだよ。ヒノが抜けてセオを入れるかだね。

ヒノ では、セオさんには悪いけど黙っています。

シマジ 11月15日から鴨猟が解禁になりますが、シベリアから渡ってきたばかりでまだ痩せていますから、来年の1月末ぐらいが最適でしょうね。

立木 場所はシマジに任せたよ。

廣瀬 シマジさん、お願いします。

シマジ わかりました。では1月末にみなさん時間をください。

廣瀬 浅草の「鷹匠寿」ですか。

シマジ あそこは9月1日でその年の予約はいっぱいになりますから無理ですね。

ヒノ ではどこで?

シマジ 西麻布の「コントワールミサゴ」がいいでしょう。あそこのマダムの実家は新潟の豪農で、いまごろから米をまいて鴨を手なずけていて、肥ってきたところを一網打尽にして可愛いシェフの婿殿のところに送ってくるんです。ミサゴにしましょう。

ヒノ ミサゴといえば、不肖宮嶋さんが北海道で仕留めたエゾシカのタン元を食べたのが忘れられません。あれはまさに大牢の滋味でした。

立木 ヒノ、お前もか!

ヒノ ごめんなさい。でもそのときはシマジさんもいましたよ。

シマジ 余計なことをいうんじゃない!

〈次回につづく〉

廣瀬恭久(ひろせ・やすひさ)
エノテカ株式会社 会長
1949年兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、川鉄商事(株)に入社。ユニゾン(株)勤務を経て、1988年8月、ワイン専門商社「エノテカ」を設立し代表取締役に就任する。2015年3月、アサヒビール(株)の完全子会社となり、現職に。

著者: 開高健、島地勝彦
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