# 歴史 # 生命科学

ビル・ゲイツやザッカーバーグが「歴史」を学び続ける理由

未来を見通すためのヒント
池田 純一 プロフィール

奇跡のバトンリレー

実はリドレーという人物は、ただの科学記者ではない。最初聞いて驚いたのだが、彼はイギリス貴族の一員であり、貴族院議員も務める第5代リドレー子爵である。そのため彼は著述業だけでなく、一族の繋がりで銀行業にも関わっていた。

リドレーが、生物学を中核に据えながらも、歴史への関心を忘れず、同時に現代の人間社会のあり方にも気を配るのは、彼がそうしたイギリス貴族の血筋にあり、貴族の役割として社会を多面的に見る機会を与えられていたからということもあるのだろう。

そういえばゲイツが勧めた二人の著者もイギリスに縁があった。ハラリはイスラエル人であるが、学位はオックスフォードで得ていた。レーンはロンドンのインペリアルカレッジで学び、現在はユニバーシティカレッジロンドンに所属している。

このようにイギリス社会が伝統的に有する、未来を見据えた歴史的感覚は、ITの普及が一巡した現在、見えにくくなった未来を想像し構想するために有効なのかもしれない。

 

リドレーの『進化は万能である』の着想は、ローマ時代の詩人・哲学者であるルクレティウスに大きく負っている。ルクレティウスは『物の本質について』という著作で、古代ギリシアの哲学者であるエピクロスが示した、世界には虚空と物質しかないという「世界観」を紹介した。

実は、そのルクレティウスの偉業をリドレーが知ったのは『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』という本からだというのだが、この本は、中世の間1000年にわたり、人びとの記憶から忘れ去られていたルクレティウスの本を見つけ出したイタリア人ポッジョ・ブラッチョリーニの話である。

彼が『物の本質について』の写本を作らせたからこそ、ルネサンスが花開き、我々はエピクロスの思想を今に知ることができるのだという。

そうしたエピクロスの思考様式がなければ、我々はダーウィンの進化論にたどり着けなかったというのが、『進化は万能である』をリドレーに執筆させた動機の一つである。奇跡のバトンリレーが繰り広げられてきたわけだ。

リドレーからすれば、エピクロスの思考様式は、いわゆる経験や観察を重視するイギリス人の思考様式と親和性が高く、だからこそ、エピクロスの思考に触れた時、リドレーは何かピンとくるものがあったのだという。

興味深いことに、ルクレティウスが生きた時代は、古代ギリシアからはすでに遠く、しかしキリスト教はいまだローマに押し寄せてきてはいない頃だった。つまり、西洋文明の二つの礎といわれるヘレニズムともヘブライズムとも距離のある、それゆえ古代ギリシア哲学にもキリスト教神学にもとらわれない自由な思考ができる時代であった。

ルクレティウスが、エピクロスの議論に目を向けることができたのには、そのような時代背景もあった。そうした歴史の妙をリドレーは評価し、その上で数奇な運命のように古代から現代に引き継がれたエピクロスの思想に、彼の「ボトムアップ思考」を重ねている。

歴史とは、そのような扱いを受ける時、考古学でありながら、同時に未来学たり得る。イギリス人にとっては歴史とはそのように未来を占うものでもある。それはやはりサピエンスの出発点に想像力があるからなのだろうか。