大金持ちが大豪邸を「手放す理由」~庶民には分からない苦悩がある

豪邸生活の「知られざる真実」
週刊現代 プロフィール
〔PHOTO〕gettyimages

大理石、彫刻、暖炉、サウナ

それだけではなく、固定資産税は年間数百万円。結局、維持・管理のためにもろもろ合わせて年間1000万円近い巨額が消えていく計算になる。

「だから、売ると決めた後にもなかなか買い手はつきませんでした。内覧には来るのですが、年間1000万円近い維持費がかかるとわかると、『ちょっと家が広すぎる』とか言い出して、成約に至らないんです。私はすでに別の場所に家を建てて引っ越していましたが、売れない間はこの家の維持費を支払い続けなければいけなくなったので、その間は仕事を続ける羽目になりました。

買い手が見つかったのは、売り出してから1年ほどが経った最近のことです。豪邸を手放すのは、豪邸を手に入れるよりも大変だと痛感しました。その覚悟と能力があってこそ、豪邸に住む資格があるということなのかもしれませんね」

 

実際、今回本誌は数多くの売りに出されている豪邸を訪ねたが、何年も売れ残っている物件にたくさん出くわした。ある豪邸は入り口の門が外され、侵入禁止の札がかかっていたし、また別の豪邸では玄関前の植木鉢が枯れ、もう掃除すらされていなかった。売れ残っている物件の主に取材をさせて欲しいと告げると、「失礼だ」と怒鳴られたこともあった。

大迫智也氏(仮名、60代)も数年前から杉並の豪邸を売りに出しているが、買い手がつかない。ただ、それで頭を抱えているという風ではなく、どこか飄々としている。

「どうぞ、中に入ってみて。週刊現代で宣伝してくださいよ」

そう冗談を言う大迫氏に招き入れてもらった豪邸は、別格。まず玄関からして大理石が敷き詰められ、美術館のように幾体もの彫刻作品が来客を出迎える。大理石の床が続くリビングでは、吹き抜けの天井に巨大シャンデリアが輝き、特注暖炉をソファが囲む。バルコニーに出ればまた彫刻に出迎えられ、まるでヨーロッパの宮殿のようだ。

さらに部屋を進むと一転、今度は巨大な和室が広がる。畳が広く敷かれた室内には天然の桜材がふんだんに使われ、深みのある漆喰の囲炉裏まで備え付けられている。こちらは高級日本旅館の風情そのものだ。あまりの豪華さに驚く本誌記者に、大迫氏は「どう? 最高でしょう」と語り出した。

「まあ、ここに座ってください。このソファは400万円くらいだったかな。そこに飾ってある絵画も、18世紀の有名な画家で、ボストン美術館にも飾られているような人が描いたものです。この家を買いたいという人が出てくれば、調度品や装飾品もプレゼントするつもりですが、最初に頼んだ大手不動産会社の動きが悪すぎて、内覧に人が来なかった。

いまは業者を変えたから、内覧者は増えてきました。こないだ来た内覧者はランボルギーニで来て、ちゃんと車が停められるか確かめていましたよ。大きい外車でも2台は余裕で入るガレージなんだけどね」

大迫氏はもともと信金職員だったが、40代のときに「一発勝負」をかけて独立。'90年代のバブル崩壊後に銀行が貸し出しを渋る中、生来の物怖じしない性格から積極融資姿勢で突き進み、稼ぎに稼ぎまくった。

「信金時代からクソ真面目な銀行員なんてやってられないから、お金持ちのお客さんたちと飲み歩いていたんです。その時の人脈が独立してから活きて、がっぽり儲けた。だから当時から、周りのお金持ちがやっていることは私も同じようにやってきました。何百万円もする錦鯉を飼ったり、血統書つきの大型犬を飼ったりね。

この家でも仲間を呼んで、一流シェフに料理を作ってもらって、派手にパーティを開いたもんです。リビングの特注のバーカウンターだって、格好いいでしょう。おネエちゃんを呼んでここでカクテル作ってやれば、そりゃあモテますよ」

「巣鴨に引っ越したい」

大迫氏は金融業のかたわら不動産業にも進出したところ、この土地が割安で売りに出ているのを見つけ、すぐに購入した。

「杉並のこのあたりは、六本木ヒルズなどの都心の中心部でビジネスをやっている成功者たちにとって仕事を忘れて休める『別荘地』のようなエリアで、そうした金持ちに人気が高いんです。周りは閑静な住宅街で、緑もあって静かだから過ごしやすい。それで私もここに家を建てることにしたわけです」

そんな誰もがうらやむような住環境なのだから、ずっと住みたいとは思わないのか。なぜ売る必要があるのか――。

本誌記者がそう尋ねると、大迫氏は「私はもう豪華さに飽きたんです」と言い出した。

「これまでさんざん遊びや贅沢をしてきましたが、いよいよ60代後半になってきて豪邸だとか贅沢だとかいうものに魅力を感じなくなってきたんです。毎日、豪華なメシを食うくらいのおカネはあるけれど、とにかく豪華なメシっていうのは飽きる。それは豪邸も同じだと気が付いたわけです。

だから、いま最も切実なのが日々の食事ですよ。サバの味噌煮とか、うまい味噌汁にご飯に漬物って組み合わせが欲しいのに、このあたりにはそうした定食屋がない。駅前に行っても似たり寄ったりの味気ないチェーン店ばかり。だからこの家はさっさと売り払って、浅草か日暮里、それか巣鴨に引っ越すと決めたんです。あのエリアは、美味しい定食屋がいっぱいあるでしょう。早く家が売れて欲しいし、早く引っ越したい」

カネを稼いで、豪邸に住んではみたけれど、ある日まったく違った形の幸せが欲しくなる。だから、豪邸を手放すことにはむしろ喜びすら感じる――。そんな胸の内を語る豪邸の主は少なくない。

芸能人が多く住む都内屈指の人気住宅街にあって、有名建築家が設計した豪邸に住む大井聡氏(仮名、70代)も、「この家を売ることを決めてから清々しい気持ちになっている」と言う。

「私は自営業をやっていましたが、今年3月に仕事の区切りができました。一般企業でいうところの定年です。これまでは自宅を事務所としても使っていて、スタッフも数名いましたが、彼らがいなくなったら急に家がガランとして寂しく感じるようになってね。私には子供がいないので、夫婦2人で住むにはこの家は広すぎます。

それに、庭の手入れや掃除に年3回ほど業者を呼んでいるのですが、こうしたメンテナンスに労力がかかることも、今後の年金生活を考えると負担に感じてきた」

大井氏は華やかな広告業界に身を置き、業界が最も沸いたバブル時代を先端で駆け抜けていた最中、この豪邸を建てた。

「もちろん、これからも仕事を完全にやめるわけではなく、海外での仕事などはやるつもりです。しかし、家にはスタッフがいないので、妻だけを残すとなると不安なんです。妻から『夜が心配』と言うのを聞いたこともまた、家を売る決め手になりました。大きな家ほど、防犯上のリスクは大きくなりますからね。

今後は小ぶりで便利なマンションに移り住む予定で、この年齢でまた新しい生活が始まると思うと気分が軽くなるし、ワクワクします。これまではこの豪邸を維持するプレッシャーを意識せずとも感じていたのだと思います。これからはそこから解放されて、気楽に老後を楽しんでいきたい」

豪邸の主たちが語る「手放す理由」を聞くと、それぞれの生き様や人生哲学が透けて見えてくるから、おもしろい。

「豪邸は子どもの教育上あまり良くない」

そんな意外な理由で豪邸を売りに出したのは、長岡眞氏(仮名、70代)である。