かっこよすぎる広島・黒田博樹「見事な引き際」の研究

かくも鮮烈な引退劇があっただろうか
週刊現代 プロフィール

広島に復帰して以来、メジャー球団からの高額オファーを蹴って広島を選んだ「男気」が強調されるが、その決断以上に、黒田はプロフェッショナルに徹している。前出の生島氏が解説する。

「自分の決断によって、人の心をどれだけ動かせるか。それがプロの生き方だ、と黒田選手は認識している。日本シリーズ直前の引退発表で、チームメイトの気持ちも盛り上がってチームとしていい結果に結びつくかもしれない、ということも考えて、行動する人です。実際、広島では号外まで出ました。

その背景には、黒田選手自身が、温かいファンの声援に心打たれ、動かされてきた経験があります。'06年にFA権を取得した直後の広島市民球場のスタンドに出された、あの有名な横断幕です。

我々は共に闘ってきた
今までもこれからも…
未来へ輝くその日まで
君が涙を流すなら
君の涙になってやる

迷っていた黒田選手はこの言葉に動かされて残留を決めた。広島のファンに対しては、当時の恩返しをしたい、という気持ちが強いんです。

でも、広島復帰を決断した直後、実際は『それでええんかな』と迷いが生じたこともあったみたいで、正解がわからない状況だったと思います。そのモヤモヤ、葛藤を乗り越えて、25年ぶりの優勝に導く立て役者となった。まさに、レジェンドになったと思います」

 

「人」という財産を残した

黒田は会見の前に選手や監督、コーチ陣など球団関係者には直接あいさつしたが、それが叶わなかった大切な人には、電話をかけていた。専修大学時代に無名だった自分を見出してくれた、苑田聡彦スカウト統括部長も、その一人だ。

「引退会見の翌日に電話をもらいました。まだ大事な試合も残っているので『目一杯やってくれ』と伝え、『いつかはカープの監督になってくれや』と言いました。本人は笑っていましたけどね。

来年もやれば10勝ぐらいするかもしれないけど、本人にしてみれば本当に思うところに球が行かなくなったと感じていたと思う。マウンドでイライラしている感じが伝わってきました。

ただ、これまでずっと口にしてきた『いつ壊れてもいい』という言葉は黒田の本音です。その気持ちがあるから、常に100%の気持ちで練習から打ちこみ、これだけの投手になった。彼の練習の仕方、野球に臨む姿勢を背中で示し、その黒田からアドバイスを積極的にもらいにいって、リーグ最多の16勝をあげた野村祐輔など『人』という財産も残してくれた」

自分の中に残る「まだ続けたい」という気持ちに従って現役生活の続行にこだわる選手が年々増えるなか、完投という自分のスタイルを貫けず、その結果、「チームの力になれない」と確信した黒田は、「まだやれる」という周囲の声に反するように、自ら身を引く決断をした。

見事なまでの「男の引き際」が、日本シリーズで新たな感動を生むことになった。

『週刊現代』2016年11月5日号より