かっこよすぎる広島・黒田博樹「見事な引き際」の研究

かくも鮮烈な引退劇があっただろうか
週刊現代 プロフィール

黒田は渡米前よりは完投へのこだわりはなくなったが、自分が投げる試合は、中継ぎ、抑え投手を可能であれば休ませたい、という思いはいまだに強い。

黒田の初の著書『決めて断つ』('12年、ベストセラーズ刊)の構成に携わったスポーツライターの生島淳氏が明かす。

「黒田選手が言うには、今のカープの選手には技術的なことはすでに凄くあるので、あまり教えることはないそうです。その分、気持ちの部分は伝えたい、と。打者は、気持ちだけでは抑えられないけど、でも気持ちがないと抑えられないときがある。そういった彼の姿勢を象徴する試合があったんです」

 

なぜあの日だったのか

「申し訳ありません」

チームのクライマックスシリーズ(CS)出場への望みをつなぐ勝利をたぐり寄せた試合後、ベンチ裏でそう言って頭を下げる黒田の姿があった。昨季、残り2試合で迎えた10月4日の阪神戦後のことだ。

黒田は阪神のエース・藤浪晋太郎と投げ合い、6—0の快勝に貢献。負ければCS出場が消滅する大事な一戦を制したのに、黒田は仲間へ迷惑をかけてしまった自分のふがいなさに、腹を立てていた。

この試合、阪神打線を8回まで無失点と抑えた黒田は、9回も続投することを首脳陣に志願。完投して、中継ぎや抑えの投手を休ませたかった。しかし、走者を背負ってピンチを招き、抑えの中崎翔太にマウンドを譲った。

中崎が後続を断ち切り、チームは完封勝ちしても、黒田は中崎を休ませられなかったことを悔やんでいた。

広島は3日後の最終戦、中日に敗れてCS出場を逃したが、この試合も、黒田は首脳陣に直訴し、ブルペンでずっと待機していた。先発した試合の後の数日間は、疲労をとるために休養にあてるのが普通だが、黒田はチームの柱としてのあるべき姿を、身をもって後輩たちに示したのだ。

仲間への配慮、周囲への気遣いは、グラウンドを離れた場所でも現れる。今回の引退表明のタイミングにも、それが表れている。スポーツ紙の広島担当記者が明かす。

「黒田本人は当初、日本シリーズ終了後の引退発表を考えていたようですが、黒田から唯一、引退の決断を聞かされていた新井(貴浩)が、『黒田さんは先輩だけど、僕は一人のファン。皆さんにも最後の登板を目にやきつけてほしい』と希望し、黒田に、日本シリーズ直前に表明する『前倒し』を進言したんです」

その発表の期日についても、黒田の気遣いがにじんでいるのだという。前出の担当記者が続ける。

「黒田は自分の個人的な話で、本来伝えられるべき別の話題が目立たなくなってしまうことを嫌がる人です。

今回で言えば、17日まで日本ハム対ソフトバンクのCSの試合が開催される可能性はあったし、20日にはドラフト会議も控えていた。野球ファンとしても、黒田としても、その前日あたりからドラフトの話題が紙面を占めてほしい、と考えていたと思う。自分の話題で周囲に迷惑が掛かる可能性が薄かった日付はズバリ、18日しかなかったのです。

広島に復帰した昨季終了後も黒田には、現役続行か、引退かの去就問題が浮上していました。結局、昨年12月上旬に現役続行を表明しましたが、それも当初、準備されていた日より遅れた。というのは、予定していた日に、同僚の契約更改があったからです。

契約更改の会見はどの選手にも年に一度用意され、来年の抱負を述べ、新聞にも取り上げてもらえるチャンス。その選手に迷惑をかけたくないと考えた黒田は、発表の日を球団と相談してずらしたそうです」

黒田が計7年間プレーしたメジャーは、決断したことだけで注目される世界だった。移籍する、ということが報じられることでファンに驚かれたり、逆に反感を買う選手もいた。それがプロの本来のあり方だ、ということを魂に刻んできた。