21世紀のドイツにはびこる謎の勢力「帝国臣民」をご存じか

「ドイツ帝国」はまだ生きている?
川口 マーン 惠美 プロフィール

ただ、今回は、警官が射殺されたため、急に、これら“帝国臣民”たちの危険性が取りざたされ始めた。19日の報道によれば、Pの自宅には31丁もの銃があったというし、以前、ベルリンの他の“帝国”領で、300kgもの爆薬が見つかったこともあったそうだ。

それどころか、バイエルン州とザクセン州の警察(本物!)の中には、“帝国臣民”のシンパがいるという噂まで出ており、両州当局の面目は丸つぶれである(1人はすでに停職となっている)。

 

命を落とした警官は32歳。大変気の毒である。逮捕されたPは黙秘中。事件の起こった町では、翌日、市長がコメントを出した。

「Pは少々奇異な感じはあったが、普通の社会環境で暮らしており、当局として危険視する理由はなかった」

しかし、31丁の銃を持っている奇異な男について、危険視する理由はなかったというのは、ちょっと変だ。これまで国も州も自治体も、帝国臣民を軽くみすぎていたのではないか。

ちなみに、これまでで一番有名な“帝国臣民”は、1998年に「ミスター東独」に選ばれた美男子、アドリアン・ウアザッヘ(現在41歳)だ。彼はいつのまにか、自分の義父母の敷地に「ウア」というミニ国家を建てていた。

この国家は、もちろん違法であるため、特殊部隊をも含めた200人もの警官が、「ウア」国の強制立ち退きを遂行しようと出動したのが今年の8月25日。ところが、前日からウア国のシンパ120人が集結して人間の盾となったため、警官側の作戦が難航し、結局、最後は銃撃戦となったという。

国王ウアザッヘは負傷し、今、刑務所病院に伏している。警官側の負傷者も2人。このような不穏な話が、全国ニュースにならなかったのが不思議だ。

“帝国臣民”事件でわかったこと

ところが今、ドイツの各政党が、突然、声高に叫び始めた。「“帝国臣民”を政治利用しようとする良からぬ勢力を許してはいけない!」と。

彼らが指している「良からぬ勢力」とはAfD、あるいはPEGIDAといった右派勢力のことである。

AfDは、仏のマリーヌ・ル・ペンの「国民戦線」のドイツ版といった党で、現在躍進中。すでに16のうち10の州議会で議席を獲得している。そのため、既成政党が皆、脅威を覚えており、超党派でスクラムを組んで、必死で対応している状態だ。

つまり、AfDを“帝国臣民”と一緒くたにすることで、その評判を落とせれば、これ幸いといったところかもしれない。ただ現実としては、AfDが“帝国臣民”と結ぶなどありえないと、私は見る。

一方、PEGIDA(西洋のイスラム化に反対する愛国的ヨーロッパ人)は、2014年にドレスデンで芽生えたグループ。今では全国にシンパを持ってはいるが、しかし、その主張が広く国民の支持を集めているとは言い難い。前述のAfDも、PEGIDAとは距離を置いている。ただ、PEGIDAのメンバーの一部が、“帝国臣民”と若干リンクすることはありうるかもしれない。

いずれにしても、“帝国臣民”事件でわかってきたのは、民主主義を破壊しようとする勢力を、民主主義で合法的に駆逐するのは、かなりの辛抱強さがいるということだ。容疑者の方にも人権があり、法治国家ではそれが極力守られなければならない。

ドイツには、憲法擁護庁といって、国家に対する犯罪を企んでいるようなグループを監視する機関もあるが、今のところ、“帝国臣民”運動は規模が小さいので、その対象ともなり得ない。

この調子では、“帝国臣民”たちが再びスリーパー化し、国民が皆、忘れた頃に、突然、また何かしでかして、私たちをびっくりさせてくれる可能性はかなり高いかと思われる。

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