# 現代史

人類史の曲がり角!? 私たちは今、どのような時代を生きているのか

【新連載】たそがれる国家(1)
内山 節 プロフィール

強い国家/弱い国家

かつて1930年代にファシズムが台頭した。ドイツ、イタリア、スペイン、日本だけでなく、フランスでもファシズム政権が生まれる寸前までいっていた。

このファシズムが指向したのは「強い国家」である。国民をひとつの政治潮流の下に統合し、政治、社会、経済などのあらゆる分野で国民総動員体制がつくられていった。

しかしこのとき生まれたファシズム国家は、はたして「強い国家」だったのだろうか。

ナチス・ドイツは「強い国家」だったか?〔PHOTO〕gettyimages

そうではなかった。「強い国家」があるとするなら、それは持続性のある国家のことであり、この視点からみればファシズムは持続性のない「弱い国家」を生みだしたにすぎなかった。

それは最近生まれたIS(イスラミック・ステイツ)が、彼らが主張したようにひとつの国家だとみなせば、制度的には批判を許さない「強い国家」をつくっていても、持続性のない「弱い国家」であるのと同じである。

はっきり言ってしまえば、日本もまた明治になって「弱い国家」をつくったといってもよい。そしてその弱さは日露戦争によって拡大され、昭和に入るとさらに高められていった。

日露戦争によって国民統合がすすみ、日本は「アジアの盟主」、「列強の一員」としての入り口を確立した。昭和に入ると、このかたちはますます高められていく。それは表面的には「強い国家」を成立させたかにみえた。だがその国家はたちまち崩壊していくことになる。持続性がなかったのである。

仮に敗戦という事態がなかったとしても、この国家は持続しなかったことだろう。明治以降の日本は、ひたすら「弱い国家」をつくることになってしまった。

このことに示されているように、根本的には「弱い国家」でありながら、表面的には「強い国家」が形成される。それは歴史上で繰り返し発生してきた。

国家が黄昏れていく、虚無化していくとは、国家が持続する意味を低下させていくということである。だからそのような時代には、地域の独立運動も起こってくるし、国民にとっての国家の有効性も失われてくる。さらに国家の政策的有効性も低下していく。

だがそのような時代には、表面的な「強い国家」を指向する動き、より強い国民統合をめざす動きも生まれ、この動きが勝利すれば持続性のないさらに「弱い国家」が形成されるのである。

かつての社会主義圏の国家もそのようなものであった。それは表面的には「強い国家」であったが、根本的には持続性のない「弱い国家」だったといってもよい。

さらに述べておけば、表面的な「強い国家」を指向する動きが強まってくる時代は、その奥で国家の黄昏化、虚無化が進行している時代だということである。

国家の意味が低下していくから、その「危機」を克服する方向として「強い国家」がめざされ、その動きがさらに「弱い国家」を生みだしていってしまう。そしてそれは、最終的には、ひとつの時代の国家の崩壊をもたらす。かつてのファシズムや社会主義国家がそうであったように。

 

トランプ現象の背景

なぜそのようなことが起こるのかといえば、意味を失っていく国家があるにもかかわらず人々が国家に依存しようとすれば、その動きは国家により強力なものを求めてしまうからである。

それは今日のアメリカ大統領選のトランプ現象をみてもよくわかる。なぜトランプが一定の支持を集めつづけるのか。その根本的に理由は、国家としてのアメリカの虚無化にある。

ドルを基軸通貨とし、圧倒的な軍事力、経済力、政治力をもって世界に君臨したアメリカは過去のものになった。そしてそれは国内的には格差と新しい貧困や疎外感をもたらし、国家の黄昏化、虚無化を推し進めることになった。

一部の国民には、この虚無化を発生させてしまった「犯罪人」として、これまでの「支配階級」が映っている。これまでの政治家、マスコミ、社会の既成のリーダーたち、そういった人たちがアメリカの黄昏化を招き、クリントンはその一人としてみえている。だから彼女は、その資質もあるにせよ、嫌われた大統領候補なのである。