大英帝国の歴史に照らせば、EU離脱は「創造的破壊」の始まりだ

悲観論が強まっているが…
笠原 敏彦 プロフィール

悲観論へのギモン

メイ首相が強硬離脱も辞さない姿勢を示したことを受け、通貨ポンドは10月初めに31年ぶりの安値を記録した。将来への懸念から、銀行や企業が海外脱出準備を進めているという報道も目にする。

イギリスのEU離脱は悲観的なシナリオで語られがちだが、こうした見方は離脱の一側面しか見ないものである。

例えば、イギリスには日本の主要自動車メーカーが工場進出しており、離脱すれば、EU域内への輸出には10%の関税がかかるようになると懸念されている。一方で、離脱決定後、ポンドはドルとユーロに対し15%前後も下落。イギリス経済自体は輸出部門などが好調で株式市場は史上最高値に迫る騰勢が続いているのが現状である。

具体的な事例を見ても、日本のソフトバンクはイギリス進出を強化している。同社は7月に英半導体開発大手ARMを約240億ポンド(3.3兆円)で買収すると発表した。日本企業による買収額としては過去最高という。

この発表を受け、ハモンド財務相は「外国企業にとってイギリスが投資先としての魅力を失っていないことを示した。イギリスは開かれている」と語っている。

ソフトバンクは10月14日には、サウジアラビアとともにハイテク企業への投資を目的として最大10兆円規模の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」をイギリスに設立すると発表している。

孫正義社長のこうした投資判断は、イギリスのEU離脱に対する悲観論がいかにバランスを欠いたものであるかを示していると言えないだろうか。

 

イギリスの強み

イギリスの将来像を考える際、避けるべきはステレオ・タイプ的な見方である。

離脱決定を捉えて「保護主義」「内向き」と評する声があるが、これは当たらない。アメリカ大統領選でクリントン候補とトランプ候補がともに環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に反対しているのとは別次元の話である。

イギリスの強みは「開かれた社会・経済」であり、このスタンスが大きく揺らぐことは今後もないだろう。

なぜそう言えるのか。その根拠としては、メイ政権が発足後、原発新設計画に中国国営企業の参入を認める事業計画を追認したことを挙げるだけで十分ではないだろうか。安全保障と密接に関わる原子力部門に中国を参加させるというのは他の先進国では考えられないことである。

イギリスは、国家の最重要インフラ部門でさえ海外資本に委ねる国だ。金融街シティの強さも、米ウォールストリートや、問題があるとは言え、タックスヘイブン(租税回避地)として知られる旧植民地や王室属領の海外金融ネットワークに支えられたものであり、他の金融センターが簡単に追随できるものではない。

移民管理も、これまでの寛容すぎた政策への反動と見るべきであり、EU域内からの自由な労働移民の流れを制限しようというものだ。

「ブレグジットは孤立主義ではない」

それでは、イギリスはどこへ向かおうとしているのか。

イギリス国民のEU離脱という選択を、短期的な経済的利益を超えたより本質的な政治的選択として捉えるなら、その展望は違って見えてくるはずだ。

メイ首相は「一部の特権階級だけが甘い汁を吸う社会はだめだ。すべての人に機能する国家を築く」と訴えるとともに、EU離脱決定を「静かな革命」と位置づけ、より幅広い資本主義社会の改革を目指す路線を打ち出している。

メイ首相の政治スタンスは社会政策的にはリベラルで、経済面では介入を辞さないという姿勢に見える。近年のイギリスの首相にはなかったタイプである。

その一方で、メイ首相は「開かれた経済」へのコミットメントも示し、「我々がEU離脱後に築くイギリスは、グローバル・ブリテンになる」と強調している。

こうした姿勢は離脱キャンペーンを主導したボリス・ジョンソン外相(前ロンドン市長)も同様であり、「ブレグジットは孤立主義ではない。欧州だけでなく、より積極的に世界と関わっていくことになる」と訴えている。

つまり、EUの枠から外れることで、各国とFTAなどで経済関係を結び直し、イギリスが外交・通商政策で独自に国際社会との関係を強めていくという方針である。

当然ながら、こうした政治家の発言をそのまま受け止めることはできない。それでも、イギリスの現状は、リーマン・ショックの反省も踏まえ、1980年代のサッチャー革命以降続いてきた「市場原理主義」的社会の修正期に入ろうとしていると見るべきだろう。