アイアンマンレースに挑む、「超老人」の挑戦!

なんと83歳と11カ月!
スポーツコミュニケーションズ, 白戸太朗

前人未到の挑戦は続く

「生活のすべてをアイアンマンに注ぎ込んでいます」とは稲田の言葉。

老いは否応なしに感じさせられる。それと戦うには練習を工夫し、生活を工夫し、努力を重ねるしかない。練習のときはもちろん、食べるとき、寝るときでさえもコナを考えることがあるという。3年間の悔しさを忘れることはないというのだ。
 
10月8日に行われた今年のレース2日前、稲田のコーチから嫌な連絡が入った。「足を痛めたようで……」。テープで固めた足を隠すように、長ズボンでオープニングセレモニーの舞台に立っている。僕はその姿を見ながら神様の意地悪に悪態をついてしまった。

レース当日、スタートから13時間を経過したころ、ランコースの16km地点を軽快に走っていく彼の姿が。“これはいけるかもしれない”と期待しながらフィニッシュ地点で待つ。

 

アイアンマンの制限時間直前のフィニッシュエリアはお祭り騒ぎ。大勢の人が闇夜から走り抜けてくるアスリートを熱狂的な声援で迎える。

このレースにおいては、「早く帰ってきたものだけが勝者ではない。フィニッシュできたものすべてが勝者である」というのがセオリーだ。

背中が曲がっている人、両手を失っているハンディキャップのある人、歩くことさえままならない人。各々がそれぞれの戦いに打ち克ち、ここに戻ってくる。疲れ切っていてもその表情には充実感と喜びがにじみでる。
 

(フィニッシュに吸い込まれていく稲田氏)

制限時間の16時間50分まであと10分を切ったころ。僕たちの前で年配のアスリートが倒れた。ラスト50m、なんとか立とうとしているのを応援していると、会場がひと際大きく沸く。

そう、稲田が戻ってきたのだ。前だけを見つめ淡々と走る姿は先ほどと変わらない。昨年は数秒に泣いた彼は、その何倍ものアドバンテージをもって帰ってきた。そして、その姿はフィニッシュの光の中へ消えていった。
 
「そりゃ苦しかったですよ。でも“なんとしても今年は”という気持ちだけで頑張ったんです」。翌日、彼に会うといつもの稲田に戻っていた。まだフィニッシュして24時間もたっていないのに熱く語る。

「これで目標達成ですね」と言葉をかけると、「これから来年に向けてのスタートです」とこれも変わらぬスタンス。もし来年も完走できると、85-89歳のカテゴリーで世界初の完走者(対象はその年の満年齢のため)になる。僕たちが喜んでいる中ですでにその先を見据えている稲田。これこそが「超老人」の源なのだろう。
 
「体が老いるのではなく気持ちが老いる」ということを、彼を見ているとひしひしと感じる。人間の可能性は素晴らしい。さて僕たちはその可能性をどれだけ生かしているのか……。

世界中が注目する「超老人」の前人未踏の挑戦はまだまだ続く。

白戸太朗(しらと・たろう)
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展 させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。著本に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)などがある。
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