日本人が知らない、世界的にはきわめてマレな日本史のユニークさ

源氏物語・武士の存在・そして信長
橋爪 大三郎, 大澤 真幸 プロフィール

なぜ日本には、武士なるものが存在するのか

大澤 武士が登場する時代は、日本史のハイライトですね。まず、武士の定義は、なんでしょう。

橋爪 武士が、地主かどうか、という問題がありますね。武士は、いったんは地主になるんです。でも江戸時代になると、所領から切り離され、地主かどうかわからなくなる。

大澤 うん、確かに。

橋爪 封建制の定義からすれば、武士は地主でなければおかしい。地主で、自己武装していて、所領の支配権を持っている。でも所領のサイズがとても小さい。

そのため、もっと大きなネットワークを作ろうと、主従契約を結んでいく。その契約のため、土地を媒介にするわけです。従属者は、土地の安全保障が与えられるが、反対に、軍務を提供する義務がある。これが、封建制というものですね。で、武装の形態ですけど、馬に乗る。

大澤 おもしろい着眼点ですね。

橋爪 そして、刀、槍、弓のようなものを武器とする。鎧兜に身を固める。というのが、古典的な戦闘スタイルである。

馬を維持するのに、かなり費用がかかりますが、飼料もなにも、すべて自弁です。

ヨーロッパの封建制の領主は、騎士なわけですが、武士とよく似ている。よく似ているんだけど、ちょっと気になる違いがいっぱいある。

 

大澤 まず、武士は、あなたは武士ですと任命されるわけじゃない。だから、私たちが、武士と呼ばれるものが、客観的にどんな条件や性質をもっていたかを抽出しなければならないわけですが、橋爪さんのここまでの短い話の中から、武士に二つの側面があることがわかると思います。

第一に、武士は戦闘を遂行する者だということですね。ここから武装の問題が出てくる。しかし、戦闘者なら武士というわけではない。第二に、武士は所領をもっていて領主でもある。ここから、武士は地主かという問題が出てくる。

後者の面に関していうと、歴史のある時期までは、武士自身もふだん農作業に従事していたはずです。武士と農民がほんとうに分かれてくるのは、近世の兵農分離をまたなければならないと思う。

あとの時代のことですが、武田信玄と上杉謙信(長尾景虎)が、川中島の合戦を何回もしているじゃないですか。合戦の時期をみるといつも、田植えや刈り入れのような農繁期を避けていることがわかるそうです。つまりこの時期でも武士は、それなりに農民的な性格をもっていたのです。

それはさておき、武士がどのように武士になったのかを、考えてみたいんです。

平将門は、すでにすっかり、武士のようである。もっと時代をさかのぼって、坂上田村麻呂などになると、果たして武士なのか。ちょっと違うんじゃないかと思う。その違いを、整理しておきたいんです。

橋爪 平将門は、いわゆる武士です。行動様式も武士だし、平氏の一門でもあるし。平将門は、日本刀を初めて使ったという言い伝えがある。

大澤 ああ、そうですか。それは初めて知ったな。

橋爪 日本刀は、片刃の鉄剣で、少し反って、曲がっているところが特徴なのです。最初に伝わった刀は、直刀。まっすぐだった。中国軍の標準装備で、渡来人の技術で伝わったのだろう。日本もそれを採用していた時期が長かった。武士はまず刀からして、それ以前と違っているのですね。

で、私の仮説は、武士は地主が自己武装したものではなく、武装した集団が地主になった、という順番ではないか。

大澤 なるほど。

〔PHOTO〕gettyimages

橋爪 武装することの根本に、やっぱり馬がある。武士はね、馬に乗る資格のある者(侍)と資格のない者、という区別が、江戸時代も、もっと前も、ずっとある。その、馬に乗る武者が、戦力の中核で、それに歩兵や従卒が従っているのが、武士の戦闘集団のもともとの姿だった。

そこで、馬に注目すると、馬を飼うにはかなり広い場所がいる。経費もかかる。子馬を育てて放し飼いにしておくのは、日本にあんまり適地がない。水田でも畑でもない、利用しにくい空き地だったろう。大陸から渡来した馬は、荷役用や軍用にするためそうした場所で生産され、政府や有力者や業者のもとに届けられたはずだ。

大澤 なるほど。先ほど、武士の二つの側面と言いましたが、領主という側面より戦闘者という側面が先だった、という仮説ですね。

橋爪 牧場を離れて舎飼いする馬は、牧草が不足するので、飼料(干し草)をパッケージにして届ける必要もある。兵糧ですね。そういうビジネスが成立していたはずだ。

そういう牧場を管理していたか、そういう馬にアクセスできる人びとが、いつも馬に乗っているうちに、だんだん乗馬術に習熟していき、荷役や商人を護衛したりしているうちに、騎馬武者に成長していったんじゃないかと思う。

大澤 おもしろい。馬をあやつる、移動や運送の能力に長けた者たちが、武芸も身につけ、武士の起源になった、と。

その武士が、やがて武家政権をつくり、幕府の興亡をへて、戦国大名が覇を競う戦国時代を迎えます。最後に、その中でも傑出したリーダー・信長について、対談の一部を紹介しましょう。