2016.10.17
# 文学 # 音楽

ボブ・ディランがノーベル文学賞をとった「当然の理由」

「文学の原型」を復活させた弾き語り
川崎 大助 プロフィール

最後のタイミングだった

最後に、スウェーデン・アカデミーの小粋なタイミング計算についても、ここで指摘しておきたい。

今回のノーベル文学賞の発表の前後、ディランは大きなロック・フェスティヴァルに出演中だった。『デザート・トリップ』と題されたそれは、コーチェラ・フェスでお馴染みのカリフォルニア州インディオで開催されたもので、前売り券の売り上げが1億5000ドルを突破して、コンサート収益の史上最高額を記録したことでも話題となった。10月の7、8、9日の週末、翌14、15、16日の週末に、3日間ずつ開催された。

ロック・フェスティバル『デザート・トリップ』の会場で記念撮影するファン〔PHOTO〕gettyimages

出演者は豪華きわまりなく、同時に「古株」きわまりなく、まず、各週の初日がディランとザ・ローリング・ストーンズ、2日目がニール・ヤングとポール・マッカートニー、3日目がザ・フーとロジャー・ウォーターズ(ピンク・フロイド)だった。

だから、受賞後のディランには、数多くの共演者たちや、会場を埋めたファンから「おめでとう」と言われる機会があった、ことになる(しかし気遣いの人ミック・ジャガーは、受賞のニュースが世に出た直後には、自らツイッターで祝辞を述べていた。すぐあとに会場で会うことになるのに!)。

もっとも、ディランはそれを喜ばなかった、かもしれない。これを書いている10月16日現在、アカデミー委員がディラン本人と連絡をとれた、という情報はない。だからもしかしたら……いやいや、まさか受賞拒否なんてことは、ない、と思いたいのだが……。

ともあれ、いまがまさに「最後のタイミング」だった、ということは、この『デザート・トリップ』への人々の熱狂からもわかる。

1960年代から活躍する、彼らスーパースターが、いつまでも地上にいられるわけではない。こんなイベントが来年以降も継続しておこなえる可能性は、かぎりなく低いだろう。あと何年、彼らはステージに立ち続けられるのか。

 

縁起でもない、しかし、そんなことも考えなければならない時期に、我々が差し掛かってしまっていることは、間違いない。

ちょうどそれは、砂漠に沈んでいく、大きな大きな夕日を見つめているように。まもなく日は落ちて、たそがれどきが過ぎ、闇の時間がやってくる。あたかも『指輪物語』の最終盤のように、大いなる伝説の、その最後の影のひとしずくを、我々はいままさに見ようとしている。魔法が地上から去っていくその瞬間を見届けようとしている。

だからこそ、その「意味」を、「意義」を、まなじりを決して見つめていなければならない。それゆえに僕は、ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞を、100%完璧に言祝ぎたいのだ。

受賞発表時、サラ・ラウニス事務局長は、『ブロンド・オン・ブロンド』(1966年)を例に出して誉めた(いい趣味だ)。さて僕はどうしようか。やはりここは『ハイウェイ61』を再訪するところから、今夜は始めてみようか。

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