2016.10.17
# 音楽 # 文学

ボブ・ディランがノーベル文学賞をとった「当然の理由」

「文学の原型」を復活させた弾き語り
川崎 大助 プロフィール

文学(Literature)と呼ばれるもの、文字によって文章を成し、そこに芸術を生ぜしめるもののなかで、最も古い形式が「詩」だとされている。ちなみに小説とは「最もあとになってできた」形式だ(だからなにをやってもいいのだ、と筒井康隆さんは言っている)。

さてその「詩」だが、西洋において、その起源のあたりにあるのが「古代ギリシャ」における詩だ。なかでも、抒情詩(Lyric Poetry)と呼ばれる形式の詩のありかたと、ディランの「歌」の共通点について、米英ではデビュー当時から幾度となく語られてきた。

その共通点の最たるところとは、韻律や言葉の選びかたというよりも、ディランのあの「歌いかた」の感じ、「まるで、そこで初めて話すことであるかのように」言葉をつむぐやりかた、これがまずひとつ。もうひとつは、「弦楽器による伴奏がある」こと――。

そう、ギリシャにおける抒情詩とは「歌うように」伝えられる、口述の詩だった。楽器は、日本においては「リラ」と呼ばれることが多い竪琴であり、ディランはもちろん「ギター」だった、という違いはあるにせよ――まるで、ギリシャの詩人と「瓜ふたつ」ではないか! と、デビュー当時のディランを見て、とくにまず「文学好き」こそが熱狂した。

今回、アカデミーがこのことに着目した意味はとても大きい。なぜならば、詩とは元来、(ギリシャにおいてそうであったように)「書くもの」ではなく、「声に出して伝えるもの」だった、という点に光を当てたからだ。

詩が「書くもの」へと転じたのは、たかだか、17世紀のグーテンベルク以降のことでしかない。文学の始原には、きっと「ディランのように弾き語る」人がいたのだ、ということを、アカデミーは全世界に思い出させようとしたに違いない。

1961年9月〔PHOTO〕gettyimages

ディランの詩は「難解」?

つぎに「ディランの詩の内容」だ。これについて、どうも日本では「難解」だというのが定評のようなのだが……なぜそう言われるのか、まったく僕には「わからない」。きっと日本の音楽評論家が英語ができないせいなのだろう。ディランのせいじゃない。

 

ごく普通の日常生活を英語世界で送れる程度の能力があれば、聞けばわかる、一度聞いたら忘れない、それぐらい「わかりやすく、印象的な」詩を書くことの達人中の達人こそがディランなのに、「難解(Difficult to understand)」とは、これいかに?

というかそもそも、ディランが「難解だ」という人は、詩にもまるで数学の問題集のように「正答」がかならずあって、方程式さえ暗記すればいつもそこにたどり着ける、なんて考えているから「わからなく」なるのではないか? だってそこに「正答」なんてないのだから。

なぜならば、文学は、音楽は、芸術は、「数学とは違う」からだ。ただひとつの答えを導き出すためにあるものではなく、「なにをどう感じ、考えても自由なのだ」ということを、ありとあらゆる技術を駆使して表することこそが、芸術の出発点だからだ。

そこでとても重要となるのが「抽象化」という技術だ。

ディランの詩が画期的だったのは、ポップ音楽の歌詞に「抽象的な描写」を、自由自在に入れ込むことに成功したからだ。

1950年代のロックンロール誕生時から、ときに歌詞は、英語圏ではサウンド以上に重視された。ストーリーを物語ることに長けたカントリーの話法、感情の振幅を描くことに長けたブルースの話法、それらをミックスしたところから、ロックは誕生した。

だがとりあえずは、これらのほとんどは、「具象的に」物語を伝えるものか、「切々と」心情を吐露するもの、といった特性に回収できるものが、ほぼ大多数だった。抽象性があったとしても、それは結果的に、どこかしらから生じてきただけのもの、でしかなかった。

若き日のディランは、これらの音楽に親しんだ。そして「その上に」自らの刻印として、まるで前衛詩のような抽象性をも「歌」のなかに導入したことが、衝撃的だったわけだ。このアイデア元が「文学としての詩」だったことも多かったようだ。

関連記事