あの時、住友銀行で何が起きていたのか〜元取締役が明かす衝撃の真実

闇勢力との戦い、権力闘争の内幕
週刊現代 プロフィール

新聞記者との「共犯関係」

これはイトマン問題の内情を知った当初の住銀幹部たちの様子を記したもの。手帳には同じ頃、磯田会長がどれくらいうろたえていたかを示す貴重な「肉声」も記録されている。

〈磯田 おかしいことはわかっている。ヤクザがからんでいる。どうしていいかわからない。「変なことをすると河村が殺される」という感じ。

巽は伊藤寿永光に会ったのではないか。(伊藤氏を)辞めさせようとしたが、ダメだった。しゃぶりつくさないと出て行かないのではないか。(中略)

私がやるしかない。イトマンはまだ赤字ではないが、近いうちに赤字になることはわかっている。だが問題はそれではない。どのくらいくれてやって別れられるかがポイント。巽ではダメだ。自分でないとできない。みんなびびってしまっている。自分もやられるかもしれない〉

まるで「再現VTR」を見ているような臨場感だが、國重氏はどうしてこんな内部情報を入手できたのか。國重氏は言う。

 

「そもそも私がイトマンの内情を知るようになったのは、1985年に住友銀行がイトマンを使って平和相互銀行を合併しようと画策した際、MOF担としてその合併工作の最前線を任されたことがきっかけでした。

この合併は磯田会長が執念を燃やしていた案件で、私は担当者としてイトマン内部に深く入り込み、なんとしてでも合併を成功させるべく表に裏に暗躍しました。その過程でイトマン社内に情報源ができ、内部の情報が入ってくるようになったのです。

さらに、当時は住銀幹部や関係者がイトマン問題について交わしたあらゆる会話の情報を手に入れるために、役員陣からそれとは気づかれないように話を聞き出したり、時には役員専用のドライバーなども貴重な情報源にしました。もちろん、いまでも情報源を明かせないものもあります」

本書ではこうしたインサイダー情報をもとに、「あのときなにが起きていたのか」についての新事実が次々に明かされる。

たとえば前述した日経新聞の一報。イトマン事件を語る際には欠かせない「スクープ記事」だが、國重氏はこの記事に深く関与していたと告白する。

「当時、私は日経新聞でスクープ記者として名を馳せていた大塚将司記者と緊密に連携しながら動いていました。私と大塚記者はともにイトマンの経営危機に早くから気付きながら、これをいかに早く世に出すかということを模索し続けていました。

そのため、私からイトマンの内部情報を伝えるのはもちろん、時にはあえてその情報をイトマンと取引のある他行の幹部の耳に入れてもらい、危機感を広めてもらったりもしました。

もちろん、上場企業の経営危機を報道する内容だけに、日経の上層部が日和って記事化を見送る懸念もありました。そういう時も大塚記者は、『これを世に出すのが使命だ。最悪の場合、ほかの新聞社にネタを売ってでも書かせる。國重と心中してもいい』と言っていた。

われわれは当時、取材する側とされる側という間を超えて、『共犯者』のような関係でした」