「出戻り」新井貴浩、屈辱と意地の物語 〜裏切り者の烙印を押されて

恩返しはまだ終わっていない
週刊現代 プロフィール

「練習嫌い」とまで評された男が、キャンプの初日から特守を志願し、若手と一緒に居残りの特打ちにも参加した。加齢とともに失われていく体力を補うために、坂道でのダッシュを繰り返す。歯を食いしばり、復活への意地を見せ続けた。

「年齢が年齢ですし、当然満身創痍の状態でやっている。それでも決して弱音を吐かない。相当の決意で臨んでいるのが伝わってきました。

開幕当初は代打からの出発でしたが、ベンチで一番に声を出し、チームを盛り上げる。愚直なまでにひたむきな新井の姿に、頑なだったファンの心も少しずつほぐれていきました」(前出・山崎氏)

グラウンド外でも菊池涼介や田中広輔ら若手を積極的に食事に連れ出してコミュニケーションを図る。常に「アニキ」金本の後ろを歩いてきた男が、同じく広島に復帰した黒田博樹とともに、はじめてチームの先頭に立っていた。

「新井ーっ、打たなきゃ承知せんけぇ」

若いチームをがむしゃらにひっぱる新井の姿に、いつしかヤジは厳しいながらも温かみのあるものへと変わっていった。

〔PHOTO〕wikipediaより

昨シーズン、広島の打撃コーチを務めていた新井宏昌氏が言う。

「去年の彼は、やはり固さが残っていました。実績ある選手ですから、技術についてこちらから注文をつける部分はない。彼はひとり、プレッシャーとの孤独な闘いを続けていた。それが徐々にチームに溶け込み、伸び伸びとやれるようになり、今季は見違えるように実力を発揮しています」

自らが最も愛するチームに戻り、ファンに赦され、心身ともに万全の状態で臨んだ今季、新井が歓喜の輪の主役になるのは必然だった。

前出の岡田氏が言う。

「今年になってから新井と話したら、阪神にいたときに比べて、やたら明るい雰囲気になっていた。ああ、やっぱりコイツには広島の水が一番あっている、戻って正解だったんやなあ、と思いました」

今季は開幕からスタメン出場を続け、ベテランらしいつなぎの打撃で菊池や丸佳浩、鈴木誠也など若手の力を引き出し、勝利に貢献し続けた。

そして、運命の日——。

 

「正直、すごくしんどかったので、いろんなことが……苦しかったこと、悔しかったことが頭の中を駆け巡って……」

9月10日、東京ドームでの巨人戦でセ・リーグ優勝を決めた夜、記者会見で新井は目を潤ませながら語った。

前出の山崎氏が言う。

「あの夜、新井に『おめでとう、よく頑張った、ありがとう』とメールをしたんです。そしたら、忙しいだろうに、すぐに律儀に返事をくれて、『ありがとうございます。まだ次がありますので、頑張ります』と」

屈辱を耐え一回り大きくなった男は、ファンに捧げる32年振りの日本一を、眈々と狙っている。

「週刊現代」2016年10月8日号より