# 司法

最高裁判所という「黒い巨塔」〜元エリート裁判官が明かす闇の実態

これは日本の縮図だ
瀬木 比呂志 プロフィール

瀬木 オバマ大統領がブッシュ大統領以上の大々的な盗聴を世界中で行わせていたのをスノーデンという1人の若者が暴いたことを思い出して下さい。あれだって、創作以上に信じられない事実でした。

アメリカの諜報機構は、あなたの電話やメール、スカイプだってやすやすと盗聴できるのです。ヨーロッパ一の権力者であるドイツ首相メルケルでさえもやられたのですからね。

つまり、もはや、現実が近未来ディストピアSFを追い越してしまったのが、今の世界です。

そういう世界における国家、社会、人々のあり方をも、司法という舞台を通じて描くことが、この小説の目的の1つでした。

閉じられた世界の絶対的支配者

ーー最高裁長官の力の源泉となっているのが事務総局等を通じての裁判官支配ですね。概略を説明して頂けますか?

瀬木 それでは、よりリアルに、僕も、小説の一部を引いてみましょう。少し長いので、適宜飛ばして読んで頂いても結構です。

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最高裁判所は、15名の最高裁判所裁判官から構成される裁判部門と、40から50名の裁判官すなわち、事務総長、局長、課長、局付及びその10倍程度の裁判所職員から構成される司法行政部門とから成り立っている。

別組織である司法研修所等の教育機関と最高裁本体の中にある大きな図書館も、広い意味では最高裁の司法行政部門の一部だ。

司法行政部門は、最高裁判所裁判官会議の統轄下にあるが、裁判官会議は、最高裁からみての下級裁判所、すなわち、高裁、地家裁の場合ほどではないにしてもやはり形骸化しており、実際には、最高裁長官とその意を受けた事務総長とが、全司法行政を取り仕切っているといってよい。

さらに、最高裁長官は、裁判部門の補助官、スタッフであり、やはりエリートコースとされている30名ほどの最高裁判所調査官についても、そのトップに位置する首席調査官を通じて影響を及ぼすことが可能である。

つまり、最高裁長官は、大法廷事件の裁判長となるのみならず、支配や統治の根幹に関わる裁判を含む重要な裁判全般についても、首席、上席という調査官のヒエラルキー、決裁制度を通じて、コントロールしようと思えばすることができるのだ。

日本の組織におけるトップの権力は、通常は、かなりの程度に限られた、派閥、タテ社会組織のボスとしてのそれである。首相を始めとする政治家たちは、下支えを行う黒子集団である官僚組織にその権力の実質をかなりの程度に奪われている。一方、霞ヶ関の官僚トップである事務次官たちも、常に、官僚OB、企業、業界団体等の圧力を受けるほか、政治家たちの横やりやプレッシャーにもさらされている。

しかし、最高裁判所長官は、三権の長の一人として、直接的には、誰の支配も受けていない。裁判所の中には彼に並ぶ存在はいないし、外部からの圧力も、少なくとも、目にみえるような形では存在しない。

そのことを考えるならば、三権の中では比較的小さく地味であるとはいえ、これだけの権力が実質的にただ一人の人間に集中していることはおそらくほかに例がなく、また、現在の最高裁長官である須田謙造のような強烈な独裁者的人物が日本の組織のトップにまで昇り詰めることも、あまり例がないだろう。

ある意味で、裁判所の組織は、その法的な仕組みや外見とは異なり、戦前日本の組織からピラミッド型ヒエラルキーの上意下達(かたつ)体制を最も色濃く引き継いだものであり、その頂点が戦前の司法省から戦後の最高裁にすげ替えられただけだともいえた。

異なるところは、戦後、三権の一翼として、裁判所の地位が飛躍的に向上し、裁判官を志す若者の能力も、少なくともその上層部分については、行政のトップと並ぶレヴェルにまで高くなっていたという点にすぎなかった。

つまり、最高裁判所長官を頂点として新任の判事補まで、相撲の番付のように連綿と続く微細な序列によるピラミッドという形、先進諸国にはあまり例のないシステム自体は戦前と何ら変わらなかったのであり、ただ、それを支配、統制する機関が、戦前の司法省から、戦後の最高裁事務総局、その上にある最高裁長官と事務総長に取って代わっただけのことだった。

最高裁事務総局は、大きく、人事局、経理局、総務局、秘書課、広報課の純粋行政系、行政機関でいうところの官房系セクションと、民事局、行政局、刑事局、家庭局の事件系セクションとに分かれている。

各局には、1名の局長、2名以上の課長、そして、経理局を除き、局長、課長の下で働く2名から5名程度の局付がいる。これらの役職は、人事局、経理局の課長の一部を除けば裁判官によって占められている。

この組織には、数の上からいえば裁判官よりもずっと多くの裁判所書記官、また、事務官すなわちまだ書記官試験に合格していない主として若手の職員も働いていたが、実際に権限、決定権、発言権をもっているのは、裁判官たちだけだった。

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ーーある意味で、絶大な純粋権力なのですね。

瀬木 はい。小説の中にも会話で出てくるジョージ・オーウェルの『一九八四年』にも似た、閉じられた世界の絶対的支配者ということです。