2016.09.24
# 科学

「量子物理学」はいかに発見され、次にどうなるか?

物理学者は「ハムレット」を待っている
大栗 博司 プロフィール

「標準模型」を超えて

第二次世界大戦ごろまでの物理学者は、すべてのものは電子、陽子、中性子、ニュートリノの4種類の粒子でできていると考えていた。

ところが、高山に置かれた感光板には、それに含まれない第2世代の粒子が記録されていた。レーダーマンは、加速器実験で第2世代にも4つの粒子がそろっていることを証明し、1988年のノーベル物理学賞を受賞する。

実際の世界には、4つの粒子のコピーとも呼べる粒子があった。コロンビア大学のイジドール・イザーク・ラビ(彼もノーベル賞を受賞している)が、思わず「誰があんなものを注文したんだ」と叫ぶほどの驚きだったが、それによって理論はさらに組み換えられていく。

さて、レーダーマンは、極小の世界を探る加速器を持つ米国のフェルミ研究所の所長を1977年から88年まで務めた。本書は、4年前に世界の新聞の一面を飾ったヒッグス粒子の発見までを追い、さらにその先の展開も見通している。

ヒッグス粒子が素粒子の世界に存在していることは、今『科学の発見』という著書が話題になっている理論家の大家スティーヴン・ワインバーグが、極小の世界に働く電磁力と弱い力を説明する論文の中で予言していた。

この論文は、発表当初はまったく引用もされなかったが、現在では素粒子物理学歴代第2位の引用数を誇っている。「この世界のなりたちを説明している」最強の理論だ。極小の素粒子の世界を説明する理論は、物理学者が「標準」として使う理論の模型として、「標準模型」と呼ばれるようになった。

この本の副題にある「ヒッグス粒子の先の物語」を最後の二章では、レーダーマンは自らがかかわってきたフェルミ研究所の「プロジェクトX」を著述しながら「その先」を展望する。

それは現在の素粒子理論である「標準模型」を超える「ハムレット」を探そうとする実験の計画だ。

宇宙の約3割を占めると言われる「ダークマター」の発見は、標準模型では説明できない驚きのひとつだ。

ダークマターは、未知の粒子でできていると考えられており、それをより高いエネルギーの加速器によって確認しようとする「エネルギー・フロンティア」。あるいは、より密度の高いビームを使い「ビックデータ」を駆使して、ダークマターの痕跡を探す「インテンシティ・フロンティア」。そして宇宙観測によってダークマターやビッグバン以前を追及する「コズミック・フロンティア」。

米国はこの3つのフロンティアの開拓を、素粒子物理学の「三本の矢」と位置づけている。

また、日本の佐藤勝彦や米国のアラン・グースが提唱している宇宙の始まりを説明する「インフレーション宇宙論」も、標準模型を超える仕組みの提案である。

日本の高校で学ぶのは、19世紀までの古典力学の世界だ。過去100年の間に明らかになった新しい自然観とその発展がどのようなものであったのかを学びたい人は、この本を手にとるといい。

2012年に理論上となえられていたヒッグス粒子が実際に発見された時に、多くの解説は「たとえ話」に逃げていた。この本では、より誠実にそれより深い説明が試みられ、またその先の話をまで書いている。

この世界には、私たちの知らないことがまだまだたくさんある。本書で、あなたにとっての「ハムレット」も見つかるかもしれない。

大栗博司(おおぐり・ひろし) 理論物理学者。カリフォルニア工科大学教授、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究員。素粒子論を専門とする。一般向けに書かれた講談社ブルーバックス『超弦理論入門』で講談社科学出版賞受賞。最近では、スティーヴン・ワインバーグの『科学の発見』にいち早く着目し、日本に紹介した。日本科学未来館で上映中の『9次元からきた男』の監修も行っている。

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