生涯の累計額も考えて
65歳以降も、働けるだけ頑張って、そろそろ無理だと思ったときに、年金を請求すればいい—。それくらいゆったりと構えていても、年金は我慢した月あたり0・7%ずつ増えていくのだ。
すべてがバラ色に見える年金の繰り下げ受給。だが、注意点もある。
社労士の林智之氏は、繰り下げ受給を、月あたりの支給額だけでなく、生涯の累計金額で考えることも必要だと指摘する。
「たとえば、70歳までの繰り下げ受給を行うと、5年間は年金を受け取らないわけです。すると70歳時点では、65歳から受け取った人のほうが5年分をすでに多くもらっていることになる。
繰り下げ受給で支給額が42%増になった人の受け取る累計金額が、65歳からもらい始めた人の累計金額を超えるのは、81歳10ヵ月のとき。
累計額の視点で見れば、70歳まで繰り下げた人は82歳まで生きていないと、65歳からもらい始めた人より損をする、というわけです」
もちろん、日々の生活では月々の出費があるのだから、「次の年金支給日に42%増でもらえる」ことには大きなメリットがある。
だが、人生の収支という大きな目で見てみて得になるには、82歳よりも長生きしなければならない。自分は、はたして何歳まで生きると想定するのか、熟考する必要がありそうだ。
ちなみに、繰り下げ受給をした人が65歳から年金をもらい始めた人の累計額を超える年齢を、繰り下げ期間別に計算すると、次のようになる。
・66歳から受給→77歳10ヵ月で追い越す。
・67歳から受給→78歳10ヵ月で追い越す。
・68歳から受給→79歳10ヵ月で追い越す。
・69歳から受給→80歳10ヵ月で追い越す。
これに従えば、「自分は80歳までは頑張れる気がするが、あとは運次第だな」と考える人が損をしない繰り下げ受給の仕方は、68歳まで3年間、繰り下げる方法になる。
役所は教えてくれません
さらに、別の視点からも注意が必要だと指摘するのは、前出の長尾氏だ。
「自営業の方などは、国民年金だけにしか加入できません。国民年金は、満額もらっても月あたり6万5000円。さらに掛け金の未納期間があると減額される上、支払期間が25年に満たない人は、そもそも受給資格を得ることができません。
こうした人の助けになるのが『任意加入』です。通常は60歳で終わる掛け金の支払い期間を延ばして、未納期間分を補うことができるのです」
たとえば、20年間だけは掛け金を支払ったという人の場合、支払期間は25年に満たないため、受給資格は得られない。20年間に支払った掛け金はドブに捨てたも同じだ。
そこで任意加入をして残り5年分の掛け金を納めれば、受給資格を得て、年金を受け取ることができるようになる。
「65歳でまだ受給資格が得られない場合は、70歳まで任意加入することも可能です」(長尾氏)
繰り下げ受給を考えたとき、注意が必要なのはここからだ。65歳以降も任意加入で掛け金を納め、受給資格を得た人が、受給額を少しでも増やそうと、繰り下げ受給を行おうと考えたとする。
ところが、繰り下げが行えるのは、受給資格を得た翌年から。もし69歳でようやく資格を得たとすれば、繰り下げによる増額は一切、適用されなくなってしまう。
「こうしたことを防ぐには、掛け金の後納制度を利用するとよいでしょう。過去5年以内に納め忘れた掛け金がある場合は、あとから納めることができます。少しでも早く受給資格を得られれば、繰り下げ受給を併用して、多少なり年金額を増やせるのです」(長尾氏)
自分は何歳まで生きるのか。これまで何年間、掛け金を払ってきたのか—。来し方行く末に注意しながら時機を選べば、70代、80代と以後の生活が楽になるのが、繰り下げ受給だと言える。
時が来れば、普通にもらって、普通に生活していけばいい。年金について、そんな風に考えている人も多いだろう。しかし、ちょっとした工夫をするだけで、70代からの生活の様相は、大きく変わってしまう。
いかにしてうまく年金をもらうか。いずれにしろ必要なのは、自ら事前に情報を集め、知識を蓄えることだろう。少なくとも国も役所も、お得な方法を教えてはくれないのだから。
「週刊現代」2016年9月17日号より