日本映画に革命を起こした『犬神家の一族』はここがスゴかった

湖から飛び出した足、不気味なマスク…
週刊現代 プロフィール

中川 キャストは本当に豪華ですよね。ポスターを見ても、主演の石坂と高峰三枝子の二人だけがクローズアップされているわけではない。三國連太郎、岸田今日子、三木のり平など、知った顔ばかりが並んでいます。アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』が、やはりオールスターキャストで映画化された直後でしたが、意識されていたんでしょうね。

角川 はい。当時、ハリウッド映画で流行っていたオールスターキャストのイメージがどうしても欲しかったんです。

浅田 現場では、みなさん個性があって印象的でしたが、とくに神官役の大滝秀治さんは凄みがありました。カメラテストの間、ずっと蔵のなかに入って、真剣な顔でひとりぶつぶつとセリフをつぶやいていたんです。周囲は、「あの人は不器用で、何度も練習しないと気が済まないんです」と言っていました。

中川 本当に何代にもわたってそこに住んでいる神主さんに見えましたね。

角川 三木のり平さんと三國連太郎さんに関しては、「この人を出せば必ず映画がヒットする」というジンクスがあったんです。だから、わずかなシーンでも出演してもらいたかった(笑)。

中川 監督を市川さんに決めたのも、角川さんだとうかがいました。

角川 ええ。石坂さんと市川さんは、当初から決めていました。市川さんは、久里子亭(クリスティのもじり)というペンネームで脚本を書くくらいミステリーがお好きでしたから。「色彩の魔術師」と呼ばれて評価も高かった。

浅田 私はこのとき初めて市川組につきました。事前に「よく怒る監督だ」と聞いていたから怖かったのですが、実際、市川さんは相当に厳しかった(笑)。

『犬神家』の時代設定は昭和20年代前半。当時の雰囲気を残していた信州の上田でのロケでしたが、コンクリートの電柱がカメラに映っていると、市川監督が「なんとかせい!」と言うので、木の板を電柱に巻き付けて隠したりね。

角川 へぇ、市川さんも意外と怒るんだなあ。

浅田 市川さんはいつも欠けた歯に煙草を挟んでいて、機嫌のいいときは煙草が下を向いているんです。でも機嫌が悪くなるとそれが水平になり、怒っているときは上を向く。「上」のときに話しかけても、絶対に答えてくれません。「そんなことはどうでもいい。後にしろ!」と怒鳴られました。

それから、市川さんはリテイクをするとき、「もう一回だな」と言うだけで理由を言わない。尋ねると「お前、そもそも映画というのは……」と映画論の講義が始まる。万年映画青年のような、真っすぐな方でした。

ユーモアがなきゃいけない

中川 そのこだわりに、当時の映画少年たちは映画の何たるかを教わったと思います。とにかく映像が新鮮だった。ただ並んで歩いているだけのシーンを真上から俯瞰で撮ってみるなど、映像に緩急がありました。

僕自身、『犬神家』から、映画のおもしろさはストーリーやセリフだけでないこと、映像そのものにおもしろさがあるんだと教わった気がします。

浅田 なかでも市川さんが執着していたのが「光と影」です。クランクイン初日は、犬神家の大広間に親族が揃うシーンの撮影だったのですが、前日、セットの最終下見をしたところ、市川監督が「金の襖の反射が弱くて、金色に見えない。これじゃあダメだ。やり直し」と言い出し、美術が1日かけてセットを作り直しました。

角川 カット割りの細かさも彼の特徴。後年、薬師丸ひろ子の『セーラー服と機関銃』などで、1シーンを1カットで撮ることがブームになりますが、市川さんは細かくカット割りをして、重ねて撮っていくタイプでした。

中川 目がギョロッと動くアップのシーンを挿入したりするので、瞬きをする役者が嫌いだったそうですね。

浅田 ええ、それで何度もリテイクになった役者さんもいます(笑)。