アメリカ「銃社会」の起源と現在 〜だから一筋縄では規制できない

どれほど悲劇を繰り返しても…
西山 隆行 プロフィール

建国の理念と銃

世界で最も早い段階で共和主義、民主主義を統治の基本原則に据えたアメリカでは、大統領を絶対王政期のヨーロッパの君主のようにしないことが目指された。常備軍と官僚制は君主政を維持するための制度と見なされた。

建国当初のアメリカでは、警察も圧政の手段と化す可能性があると見なされ、連邦政府が警察を整備して秩序維持の任に当たらせるという考えは支持されなかった。

そこで建国者たちは、秩序維持を州以下の政府に委ねることにした。その結果、治安維持活動は地域の特性に応じて異なる性格を持つようになった。ニューヨークなどの北東部の大都市では、自治体警察が作られた。

他方、農村部は、地理的に広大であるにもかかわらず人口が少なかったため、警察を整備するのは効率的な方法ではなかった。これらの地域では、自警団が発達することになる。

社会秩序の形成について、政府の果たす役割を重視する「上からの」秩序形成と、市民社会の自発性を強調する「下からの」秩序形成という二つの方法を仮に区別するならば、アメリカでは、「下からの」秩序形成の考え方が強い。

そして、このような秩序維持方法を可能にしたのが銃器である。

〔photo〕gettyimages

いまだ銃規制が進まない理由

アメリカで銃に特別な意味が与えられていることは、合衆国憲法の規定にも表れている。

合衆国憲法修正第2条の規定は、“A well regulated Militia, being necessary to the security of a free state, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed” である。

これを部分的に日本語に訳せば、「規律ある民兵は、自由なstateの安全にとって必要であるから、人民が武器を保蔵しまた携帯する権利は侵してはならない」となる。

この規定が、民兵に言及しているのは興味深い。建国者たちの基本哲学とされた共和主義は、各人が私益よりも共通善、全体の福祉を追求することを重視する考え方であり、そのための前提として、市民が公徳心を持つことが重要だとされた。

伝統的にイギリスでは、民兵の経験は独立した自己統治につながるとされ、民兵としての自覚を持つ人々は圧政から共同体を守り、共通善を維持・発展させることができると考えられていた。

今日、民兵という要素を強調するのは時代錯誤だと思えるかもしれない。だが、民兵は、能動的に政治に参加する市民、並びに、圧制への抵抗を象徴するものと考えられているのである。

政府が圧政の主体となるのを防止するために銃が必要だという考えは、いまだに銃規制が進まない要因となっている。

先ほど、アメリカ国民の多くは穏健な銃規制を支持していると説明した。別の調査の結果をあげるならば、アメリカ国民に銃購入希望者の身元調査をすべきかと問うと83%がすべきだと回答している。

だが、連邦議会上院がその法律を通すべきかと問うと支持率が20%も下がってしまう。これは、アメリカ国民の連邦政府に対する警戒感の表れだといえる。連邦政府に対する不信の強さが、銃規制を進ませないのである。

修正第二条について論点となるのは、「state」の意味である。この言葉には州と国家という両方の意味がある。

仮にstateが州を意味するのであれば、修正第2条は民兵を組織するための州の権利を定めたものとなるので、州政府がその権利を放棄するならば、州民による銃の保蔵や携帯を規制する権限を州政府が持つと解釈することができる(州権説)。

一方、stateを国家=アメリカと解するならば、武器を保蔵し携帯する権利は個人に与えられていることになり、憲法改正をしない限り銃所有を禁止することはできなくなる(個人権説)。

もっとも、個人権説をとる場合でも、武器を携帯できる場所や、携帯できる武器の種類について規制を行うことは可能だと考えられている。合衆国最高裁判所は伝統的に州権説をとっていたが、2008年の判例では個人権説を採用した。そのため、今日では、包括的な銃規制は憲法改正を行わない限り困難だと考えられている。