悲惨な体験をした人は、なぜ長生きするのか?

心を強くする「喪失トレーニング」
石川 善樹, 藤本 靖 プロフィール

石川 他の例でいうと、東洋医学は今のところ、ほとんど効果が検証されてはいません。たとえば、鍼を患者さんの経絡に打つ場合と、鍼でチクッとさせるだけで打たない場合とに分けて実験したところ、効果がほとんど変わりませんでした。

藤本 いわゆる「プラシーボ効果」でしょうか。

石川 そうだと思います。西洋医学でも薬や治療法を19世紀以降、ひとつひとつ、これは効く、これは効かないと選別していきました。こういうタイプの人には効くけれど、こういうタイプの人には効かないというものもあります。西洋医学の中でも精神科の薬は、現在でもプラシーボ効果が大きいと言われているんです。

ただし、検証を待っていたらおじいさん、おばあさんになってしまいます。だから、やってみて害がないものは、自己責任でやればいいというのが私の立場です。

藤本 その時に大事になるのが、自分の感覚の基準を持って「感じる力」を磨くということですよね。社会の評価や他人の意見は参考にはするけれど、最終的には自分の身体で判断する。

そういった考え方は、医療や教育の現場でも広がりつつあり、私自身も医療機関や教育機関から「感覚を磨く」ためのワークの指導を要請されることが増えています。

心を強くする「喪失トレーニング」

石川 私は、子どもの頃から両親はいついなくなってもおかしくないと思っていました。だから、まだ幸いにも健在ですがいなくなっても悲しまないような気がします。

そこで最近は、妻と子が家にいるのは、当たり前ではないんだ、と思うようにしています。すると家に帰って2人の姿を見るたびに、「今日もまだいる」とびっくりするんです。それだけで感謝の気持ちが湧いてきます。もういついなくなっても悲しみにとらわれてしまうことはありません。

藤本 ずいぶんと手が込んでいますね(笑)。

石川 こんな調子で、日常が気付きだらけになっています。だけど、気付くことが本当にいいのか、という疑いの目も持っています。中には、マインドフルネスをやらない方がいい人もいます。思考が巡りやすい人は、かえって混乱することもあるんです。

藤本靖氏

藤本 効果がある人が多数だけど、混乱する人もいるということですね。

一般のビジネスマンが求めているマインドフルネスは、心の平安が得られて、目の前のことに集中できるようになることだと思うのですが、石川さんは、かなり厳しいことを自分に課していますね。

石川 そういうことが好きなんでしょうね。研究者としての資質があるということにしてください(笑)。

さらに私自身のことを続けますが、床で寝ることで、今後、自分はホームレスになっても生きていける、と思うだけで、自信が生まれてきました。

悲惨な体験が人の心を強くする

藤本 精神的にタフになってきたということですか?

石川 目が見えなくなったらどうするか。手足の自由が利かなくなったらどうするのか。そういう想定をいつも考えています。

藤本 その発想は、石川さんの専門の予防医学にもつながりますね。病気にならないためにはどうすればいいのかと考えるのと同じ方向性だと思います。

石川 予防医学は、これまでは子どもや若年層が病気で死ぬことを予防するものでした。ところがこれからは、早くに病気で命を落とす人はどんどん減ってきます。

すると、長生きできる人は、どんな人かというと、喪失に耐えることができる人なんです。年を重ねると、知り合いが亡くなったりしてつながりが減ったり、資産が減ったり、体力が落ちたりと、失うことだらけ。もしかすると熟年離婚もあるかもしれません。それに耐えられない人は長生きすることが難しいのです。

藤本 どうすれば耐えられるようになりますか。石川さんのように常に想定すればいいのでしょうか。

石川 やはり若いうちに苦労に慣れておくことです。現時点で世界最高齢の男性は、アウシュビッツからの生還者なんです。大きな震災を経験するとPTSD(心的外傷後ストレス障害)になる人がいますが、一方で、PTG(Post Traumatic Growth/心的外傷後成長)といって、むしろ人間的に大きく成長する人もいるんです。

藤本 悲惨な経験をしたからといって、ダメージを受ける人ばかりではないということですね。従来の予防医学は、病から身を守るというイメージでしたが、もっと積極的に強さを獲得していこうというわけですね。

石川 予防医学というジャンルで、これから大切になってくるのは、むしろそういう力ではないかと思います。

藤本 私個人としては、「感じる力を取り戻すことで回復力を養う」ために、誰でも簡単に行えるワークを開発し、より多くの方々にお伝えしていくつもりです。また石川さんとお話できる機会があることを心待ちにしています。本日はありがとうございました。

(構成/今泉愛子)

*この連載で紹介した藤本さんのワークは、『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本』(講談社)で、さらに詳しく紹介しています。マインドフルネスについての実践法は、石川さんの『疲れない脳をつくる生活習慣 働く人のためのマインドフルネス講座』(プレジデント社)をご覧ください。

石川善樹(いしかわ・よしき)
予防医学研究者。医学博士。1981年広島県生まれ。株式会社Campus for H共同創業者。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとした学際的研究に従事。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、マーケティング、データ解析等。講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。著書に『疲れない脳をつくる生活習慣』(プレジデント社)、『最後のダイエット』、『友だちの数で寿命はきまる』(ともにマガジンハウス社)、『健康学習のすすめ』(日本ヘルスサイエンスセンター)がある。
藤本靖(ふじもと・やすし)
兵庫県出身。東京大学経済学部、東京モード学園(ファッションスタイリスト学科)卒業後、政府系国際金融機関で政府開発援助(ODA)の業務にかかわる。その後東京大学大学院で身体教育学を専攻し、脳のシステムや心と体の関係について研究。米国Rolf Institute認定ロルファー、ソマティック・エクスペリエンス認定プラクティショナー。「身体のホームポジション」という独自の身体論を展開、各地で講演、ワークショップなどを行う。著書に『1日1分であらゆる疲れがとれる耳ひっぱり』(飛鳥新社)、『感じる力をとり戻しココロとカラダをシュッとさせる方法 わりばし&輪ゴムのワークが効く!』(マガジンハウス)ほか。最新刊『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本』(講談社)も好評。
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