2016.08.26
# サッカー

今度のW杯最終予選が久しぶりに「シビれる展開」になる理由

“安全パイ”は1チームもない
二宮 寿朗 プロフィール

ホーム初戦の重圧

初戦をホームで迎え、苦しんだと言えば2005年2月の北朝鮮戦である。

ドイツW杯出場をかけた戦いは、日本列島が沸騰した「ジョホールバルの歓喜」以来の最終予選とあって、異様な盛り上がりを見せていたのを覚えている。上空にはメディアのヘリコプターが飛び、朝の情報番組からこの試合の直前情報を取り上げていた。W杯に行くのが当たり前ではない時代であり、ヒリヒリとした緊張感が漂っていた。

試合は中村俊輔、高原直泰の海外組2人が直前合流のためベンチスタート。小笠原満男の直接フリーキックで先制するも、追いつかれて終盤まで1-1で進んでいくという展開だった。日本の焦りが見えるなかで、後半ロスタイムに途中出場の大黒将志が劇的な決勝ゴールを挙げて何とか勝ち点3を収めている。

同じく途中出場で流れを日本に引き寄せたのが中村だった。

以前、中村に最終予選の記憶をテーマにインタビューした際、ホーム独特のプレッシャーについて語っていた。

「埼玉スタジアムで戦った北朝鮮との試合でまず感じたのは、“日本が4-0とか5-0で圧倒して勝ってくれるんだろう”という期待が高まっていて、チームとして応えなきゃみたいなところがあったと思う。前半の早い時間に先制しても相手がしっかり守ってきて点が入らなくて……。そうなるとこっちがリードしているのに“まずいな”というムードになって、調子に乗りづらくなってしまった。

俺は(直前合流だったこともあって)控えでスタートしたんだけど、同点に追いつかれたりして、みんなのやりづらさというのは感じていた。大黒がロスタイムに決勝点を奪って勝つには勝ったけど、最終予選の難しさを痛感させられた」

この苦戦が、最終予選の難しい道のりを暗示していた。続く3月のアウェー、イラン戦では1-2で敗れ、ホームに戻ったバーレーン戦は相手のオウンゴールによって何とか1-0で振り切った。綱渡りの試合が続きながらも、ドイツ行きの切符をつかみ取っている。シビれた分だけ、その反響も大きかった。

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