日本人がキリスト教を「拒絶」した本当の理由

いま世界中が注目する『沈黙』を読む
佐藤 優 プロフィール

根をおろすことは不可能

議論として興味深いのは、フェレイラがロドリゴに語る日本人のメンタリティに関する分析だ。

<「二十年間、私は布教してきた」フェレイラは感情のない声で同じ言葉を繰りかえしつづけた。

「知ったことはただこの国にはお前や私たちの宗教は所詮、根をおろさぬということだけだ」

「根をおろさぬのではありませぬ」司祭は首をふって大声で叫んだ。「根が切りとられたのです」

だがフェレイラは司祭の大声に顔さえあげず眼を伏せたきり、意志も感情もない人形のように、

「この国は沼地だ。やがてお前にもわかるだろうな。この国は考えていたより、もっと怖ろしい沼地だった。どんな苗もその沼地に植えられれば、根が腐りはじめる。葉が黄ばみ枯れていく。我々はこの沼地に基督教という苗を植えてしまった」>

フェレイラが言う「日本は怖ろしい沼地だ」という指摘は、決して悪い意味だけに受け取ることはできない。日本が中国に近接し、漢字、仏教、律令などの中国文明の成果物を受け入れつつも、中国や中国人に同化しなかったのは、フェレイラが「沼地」と表現するところの強固な日本文化があるからだ。

明治維新以後、日本は近代化の道を急速に歩んだ。そして第二次世界大戦に敗北した後は、欧米を中心とする先進国と共通の価値観を有していることになっている。しかし、人権や家族に対する感覚、経営スタイルなど日本固有の文化を脱構築することは不可能だ。言い換えるならば、日本という「泥沼」でも生きていくことが出来るように品種改良された苗しかこの国には根付かない。

グローバリゼーションに対する目に見えない抵抗力が日本でなぜ強いかを知るためにも、本書は必読だ。

『週刊現代』2016年9月3日号より