偏差値78のAV男優が見つけた答え「セックスとは孤独の克服である」

森林原人×二村ヒトシ【第3回】

二村: 本当にセックスが必要ない人なら、無理してやることはないでしょう。でも、ちょっとまずいなと思うのは、本当はセックスで孤独を克服したくて仕方ないのに、癒されたくて仕方ないのに、愛されたくて仕方ないのに「そんなものいらねえ」と強がっている男性たちです。

一方で、男性をひどく憎んでいる女性たちもいます。そういう人々に僕は「いいセックスがありますよ」と言いたくて仕方ない気持ちもあるのだけれど、言っても溝は埋まらないんだよね。

森林: 何か処方箋のようなものを示せり、性教育が抜本的に見直されたりしたらいいとは思いますが、なかなか難しいですよね。

二村: 一つあるとしたら、男の側が変わることでしょうね。僕はセックスとは「弱みを見せ合うこと」だと思っています。男性なら「俺は男だ」という発想を捨てる。カッコ悪いところを見せる。これまで歴史的に正しいとされてきた男のセックスは、弱みを見せないんです。男性はそれで、もう疲れているんだよね。

弱みを見せるという教育は、本来われわれAV男優やAV監督がするべきです。でも、代々木忠さん以外のAV業界人は、ユーザーにそれを伝えられていません。そこは僕にも責任がある話です。

AVをそのまま真似されたら困るけど…

二村: 話は飛びますが、AVは性教育であるべきだ、という考え方についてどう思いますか。

森林: 先日、京都の西本願寺に呼ばれて話をしてきました。西本願寺のお坊さんに「若者の性教育について話してほしい」と言われたんです。AV業界の現状、AVを手本にしているために若者の性がおかしくなっている、という問題についても話してほしいと。

僕はAV批判をするつもりはないし、AVが悪いものだとも思っていません。AVは娯楽のコンテンツの一つで、これは日比野正明監督の表現ですが、AV男優とAV女優はアクション俳優であるとも思っています。

二村: プロレスラーという言い方もできますね。特殊な見世物であるわけだから。

森林: ルールの中でアクションをして、どれだけお客さんに楽しんでもらえるか。喩えて言えば、派手に見せるアクションもあれば、CGで作ったアクションもあります。そして、リアリティを追及するアクションもある。

二村: AVの幅が相当ある。そこをまず話さないといけないよね。

森林: 100パーセントのリアリティではないけれど、きちんとした人間同士のセックスを見せている作品もあるわけです。だからAVをひとくくりにして「真似したらダメ」と決めつけるのではなく、リアリティを追及した作品もあれば、娯楽性を追求している作品もあることをまず知ってほしいと、僕は言いました。リアリティを追及したからこそ得られたもの、教わったことが僕はたくさんあるという話もしました。