SMAP解散と天皇「生前退位」の見えないつながり〜歌は世につれ、世は歌につれ

彼らはこうして時代の"象徴"になった
中川 右介 プロフィール

なかなかヒットに恵まれなかった

そんな「アイドル冬の時代」に結成されたSMAPは、自分たちを売り出すためにはバラエティでコントをやるしかないとの戦略を理解し、アイドルであるにもかかわらず「道化」「笑いもの」になるのを厭わなかった。

それによって、テレビ界に活躍の場を得て、知名度をあげていき、CDデビューへつながった――この彼らの「略歴」は、よく知られていることだ。

だが、それだけだったら、「お笑い芸人がCDを出しました」という話と同じだ。一時的に話題にはなっても、こうは続かないだろう。

SMAPのデビュー盤「Can't Stop!! -LOVING」は最初の週の売上は81,090枚で、2位だった。

立派な数字のように見えるが、ジャニーズ事務所のタレントは、デビュー前から活動し、一定数のファンがついた時点でデビューさせるので、デビュー・シングルは週間ヒットチャートで1位を取るのが当たり前で、2位というのは、あってはならない数字だったのだ。

以後も、じわじわと売れて……ということもなかったので、このデビュー曲を知っている人は少ないだろう。

歌手としてのSMAPは、その後も季節ごとにCDは出しているが、ヒットには恵まれなかった。発売された直後の週はヒットチャートのトップテンには入るが、1位どころかトップスリーにも入らない。

最初に1位になったのは1994年3月発売の12枚目のシングル「Hey Hey おおきに毎度あり」である。タイトルから分かるようにコミカルな曲だ。

これが1位になったのは、カップリング曲がメンバー全員が出演した映画「シュート!」の主題曲「泣きたい気持ち」だったからでもある。大島司の同題のサッカー漫画の映画化だ(大森一樹監督)。結局、メンバー全員が出演した映画はこれが最初で最後となった。

SMAP初のシングル・ヒットチャート1位獲得が映画の主題歌だったというのは、このグループが俳優としての活動抜きでは語れないことを示している。

アイドル冬の時代にありながら、歌えて踊れる他に、バラエティでコントもできることを売り物にして人気を得ていった――このよく知られたサクセス・ストーリーは、SMAPの一面を語っているにすぎない。

彼らは、バラエティ番組で活躍するのと並行して、ドラマに俳優として出演することで、その知名度を高めていったのだ。