2016.08.15

故郷への帰還を待ち続ける日本兵の遺骨を、私たちはどうすべきか

いまも野ざらし雨ざらし
大塚 智彦 プロフィール

現地の人々への思い 

大半の日本兵が本人の意思に反して南方の激戦地に送られ、無責任と無策の戦争指導の惨禍に巻き込まれ、その多くが戦死より餓死や病死で帰らぬ人となった事実。そしてその骸が雨ざらし、野ざらしになっているという事実に戦後71年となるこの国の人々はどう向き合おうとしているのか。政府は何をするべきなのか。年に一度8月15日だけでもいいので考えてみてはどうだろうか。

そして忘れてはならないのは、フィリピンやインドネシア、ミャンマーなど戦場となった東南アジアの国々の人々の思いである。

筆者はこれまで2回、厚労省による遺骨収集事業に参加してパプア州のビアク島、ジャヤプラなどでその現場をみた。そこで強く感じたのが、こうした事業に参加する一部の日本人の「傲慢な態度」であった。

日本兵の可能性のある人骨が埋まっているという情報をたよりにパプア州の州都ジャヤプラから西に向かったベラップという小さな村で長老や住民と開いた説明会の席で民間団体代表はこう言い放った。

「人間の骨が埋まっているところで生活をしているあなたたちは平気なのですか。人間としてそれでいいのですか」

「私たちは埋まっているその人たちを故郷へ返したいだけなのです。協力してください。見返りは日本政府や(ジャカルタの)日本大使館と話をしてください。私たちは民間組織ですから」

戦場となったパプア州の人々にしてみれば、「ある日突然日本兵がやってきて陣地や要塞を構築、そこへ今度は米軍が艦砲射撃や空爆、そして上陸して戦闘。自分の家の庭で無関係の人々が戦い、終戦とともに平和にはなったが、死者はそのまま放置」という状況が長く続き、「骨を持ち帰りたいので協力してください」である。

インドネシアの人々はそれでも快く、協力を惜しまないが、「見返り」は当然求めてくる。それを非難することは日本人にはできないことである。

それゆえに外務省や現地大使館は無償援助(現地学校の校舎改築など)で地元住民の顔色を伺いながら事業を支援しているが、ビアク島では「あいつの地区の学校が改築されて、なぜ私の地区の学校は何もしてくれないのか、協力はもうしない」というような難しい問題に直面したこともある。

「とにかく実績として数を残す」ことに専念する日本方式が果たしていいのかどうか、私たち日本人は8月15日の機会に一度自問してみることも必要かもしれない。

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