「残っていたのは、ポルシェだけでした」日本人金メダリスト「全員」のその後【後編】

'84年ロサンゼルス~'12年ロンドン
週刊現代 プロフィール

俺は何をやっているんだ

シドニー五輪の81kg級を制した瀧本誠(41歳)は、天国と地獄を両方味わった。五輪の本番前はほとんど相手にされなかったテレビの取材やイベント出演のオファーが絶えず、1本数十万円の謝礼を手にした。

「もともと、やりたいことをやるタイプなので、ポルシェのオープンカーを買いました。自分の努力で得たものなので、悪いことだとは思わなかった。『柔道でトップをとれたから、ほかの世界でもやっていける』という自信になっていた」

ここで、かねてからの夢を実現するために行動に出る。フランスへの語学留学だ。所属のJRAのフランス支社への転勤か、日本オリンピック委員会を通じての留学制度も用意されたが、当時、「9・11」によりヨーロッパへの渡航が制限され、その道は一時的に消滅。それでもあきらめられなかった瀧本は'02年に会社を辞めた。

瀧本はもともと、おカネを綿密に計算する性格ではなく、翌'03年に帰国して埼玉栄高の職員をしていた頃も、学校にポルシェで乗りつける生活を続けた。いつしか、銀行口座は底をついた。

「俺は何をやっているんだ、と衝撃を受けた。残っていたのは、ポルシェだけでした」

職員をしながらアテネ五輪を目指したが、代表を逃すと、'04年に総合格闘家に転向し、約5年間リングに立ち続けた。2年前から駒澤大学の講師として教壇に立つ。

「学生から『噂で聞いたんですけど、先生は金メダリストなんですか』って質問されます。彼らはその事実を知った途端、急に僕に対する見方を変える。でもそれは僕自身ではなく、金メダリストという立場がすごいのだとわかっています。

柔道部の部長をしていますが、最近、部室を自分で掃除するようになりました。『金メダルを背負っているから、自分を律しなければ』と感じるようになったからです」

漫画を通して柔道を普及しようとしているのが、'96年アトランタ五輪61kg級を制した恵本裕子(43歳)だ。日本女子柔道界で初の金メダリストとなった実体験を原作に、小林まこと氏が描く漫画「JJM女子柔道部物語」は、8月9日発売の「イブニング」より連載がはじまる。恵本が明かす。

「昨年の夏、小林先生との思いがけない出会いがありました。先生が描かれた『柔道部物語』は私の高校時代の愛読書でした。フェイスブックを通じて先生と交流がはじまったのですが、私の自宅から先生の仕事場まで数百メートルぐらい。ご近所付き合いの中で、先生から私をモデルにした物語の漫画化を打診されました。

はじめは冗談かと思いました。私自身がこれまで五輪の金メダリストであることを意識することなく、普通の女性として生きてきたからです。漫画を通じて、読者のみなさんに元気と笑顔を伝えることが、五輪以来の大きな夢になりました」