いまだ語り尽くされないヒロシマ「空白の戦後史」

堀川 惠子 プロフィール

ヒロシマの記録を残そうとする執念

竹内良男編『「忘れられた」金輪島』もまた、人知れぬ瀬戸内海の小島の戦後史を辿った証言集だ。

海軍兵学校のあった江田島や似島については多くの関連書籍があるが、その北東にある金輪島には今は住む人も少なく、これまでまとまった記録は存在しなかった。

その金輪島には戦時中、陸軍の秘密工場があり、二千人を越える将校や兵隊、軍属が行き来した。原爆投下後は一大救護所となり、本書には、そこで生死を分けた被爆者の証言も綴られる。

編者の竹内さんは関東在住だが、自ら何度も船をチャーターして島を訪ね、戦時中の防空壕など遺構も調べて歩いた。島は戦後、旧満州から引き揚げてきた開拓移民が暮らした時期もあったそうで、開墾跡や廃屋も残っていたという。「忘れられた島」には、国策に翻弄された人たちの足跡が刻まれている。

広島の戦後史には「空白の10年」と呼ばれる時期がある。GHQが原爆の影響を隠すため徹底的に検閲を行い、原爆報道が途絶えた期間だ。原爆の後遺症で次々に市民が亡くなっていた時期と重なる。永田浩三著『ヒロシマを伝える』はまさにその頃、様々な弾圧に抗いながら、原爆の実相を知らしめようと活動した画家や詩人、作家たちの足跡を追っている。

報道機関はといえば、戦時中は軍部の言いなり、戦後はGHQに牙を抜かれた。必要な時ほどやられっぱなしだ。「空白の10年」とは、メディアの恥ずべき空白を指す言葉である。芸術や文学の底力が発揮され、その空白を埋めたことはもっと見直されていい。

それぞれが自らの戦争体験を背負い、ヒロシマをどう発信するかを必死に模索する。弾圧と戦いながら『原爆詩集』を出版し、志半ばで病に倒れた峠三吉、検閲を承知で原爆小説を書き上げ自死した原民喜、「母子像」をテーマに反戦の絵を描き続けた四國五郎。みな文字通り、命を賭して広島に向きあった。

これまで紹介した3冊の著者たちは、広島在住でもなければ被爆者でもない。旅費を貯めては広島を訪れ、記録を残そうとする執念は、空白の10年を埋めた作家たちの志と共通するものがある。

一方で地元に根を張り、発信を続ける人もいる。中川幹朗編『証言 生きている町』は、原爆で消滅した町の記憶をまとめた。

旧町民の証言に加え、戦前の生活を写した貴重なスナップ写真も数多く掲載されていて、その穏やかで平和な風景にハッとする。ヒロシマといえば原爆投下「後」が語られがちだが、本書には、原爆が投下される「前」の人々の生活の息吹が溢れている。そこに「暮らし」を感じさせるのは、地元の取材者ならではの目線だ。奪われたものの大きさ、かけがえのなさが却って胸に迫る。

編者の中川さんは仕事の傍ら、20年以上、現在の平和記念公園を中心とした爆心地を歩いて歴史を学ぶ活動を続けている。これまで6冊の証言集を手掛けたが、今年は少し薄めの冊子になった。証言者が次々に亡くなる中、少しでも早く形にせねばと切迫した思いで記録をまとめたからだという。

この夏はオリンピック一色、原爆をテーマに取り組むメディアは一層減るだろう。ヒロシマは語り尽くされた、と聞くことも多い。それでも、頭上で核兵器を炸裂させられた町に起きた惨劇は、私たちの想像を遥かに越えている。掘れば掘るほど新たな側面が顔を覗かせることを、今回の4冊は教えてくれる。

⇒『「忘れられた」金輪島』販売連絡先 090-2166-8611/800円(送料別)
⇒『証言 生きている町』販売連絡先 082-255-1923/800円(送料別)

『週刊現代』2016年8月20・27日号より